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「何度もすみません。実は先生は事故にあったみたいで……」

「事故? 交通事故ですか」

「それが……」

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 吉村が口籠っていると、自宅のチャイムが鳴った。玄関のドアを開けると、リキ観光開発専務のキャピー原田と、山王病院院長の長谷和三に両肩を支えられた夫の姿があった。

「どうなさいましたの」

力道山と田中敬子さん ©文藝春秋

 敬子が驚いて尋ねると、原田も長谷も言いにくそうにしている。すると、力道山は息も絶え絶えに、念を押すように言った。

「いいか、このことは誰にも言うな。特にお前の親父には絶対に言うんじゃないぞ」

 敬子の父親は現職の茅ケ崎署長である。要は警察の耳に入れたくないということだ。

玄関に現れた「血を流した若い男」

 チャイムが立て続けに鳴った。玄関には血を流した若い男が立っていた。

「夜分に申し訳ありません。先生は……」

「い、いますよ」

 男は自宅に入り込み、ソファーに座る力道山の姿を認めると、土下座してこう言った。

「先生、本当に申し訳ありませんでしたっ」

「もういい」

「何とお詫びをすればいいか」

 嗚咽する男に続いて、複数の男が自宅に雪崩れ込んで来ては「申し訳ありません」「我々がいながら」と口々に言う。

 今夜は一体何があったのだろう。

 敬子が茫然と眺めていると、中の一人が「奥様、私から事情を説明します」と声をかけてきた。

 そこで敬子は、力道山がクラブで刺されたことを初めて知ったのだ。