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それだけでもう幸せ、と感じる至福の時間

務川 やっぱり表現の根源には楽しさがありますよね。僕の場合は、ちょっと前にパリの家を引っ越したんですが、暗くて病んでしまいそうだった以前の部屋に比べて、今の部屋は太陽の光が入るんですよ。毎朝起きたらまずピアノの前に座って、朝の光のなかで練習しているのですが、その時間が本当に楽しい。もしかしたら、これ以上もう何もいらないんじゃないか、って。

 

塩谷 「もう何もいらない」と言われてしまうと、演奏会を心待ちにしている側としては不安にもなりますが……(笑)。

務川 いや、もちろん演奏会も頑張りますよ(笑)。でも、ここ2、3年すごくバタバタした人生を歩んでいたので、そうした静かな時間が好きだったことを少し忘れていたんです。僕は家に楽譜があって、自分がいて、ピアノがあれば、それだけでもう幸せなんだな、と。

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塩谷 誰も立ち入ることの出来ない、務川くん一人の至福の演奏会ですね。今日はあらためて、こうした場で務川くんとお話し出来て本当に楽しかったです。ありがとうございました。

務川 こちらこそ、すごく楽しかったです。ありがとうございました。

(青山ブックセンターにて)

『小さな声の向こうに』(塩谷舞 著)
文庫版『ここじゃない世界に行きたかった』(塩谷舞 著)

塩谷 舞(しおたに・まい)
1988年大阪・千里生まれ。京都市立芸術大学卒業。大学時代にアートマガジン『SHAKE ART!』を創刊。会社員を経て、2015年より独立。2018年に渡米し、ニューヨークでの生活を経て2021年に帰国。文芸誌をはじめ各誌に寄稿、note定期購読マガジン『視点』にてエッセイを更新中。総フォロワー数15万人を超えるSNSでは、ライフスタイルから社会に対する問題提起まで、独自の視点が人気を博す。著書に『ここじゃない世界に行きたかった』(文藝春秋)。
 

務川慧悟(むかわ・けいご)
1993年愛知県生まれ。東京藝術大学1年在学中の2012年、第81回日本音楽コンクール第1位受賞を機に本格的な演奏活動を始める。2014年パリ国立高等音楽院に審査員満場一致の首席で合格し渡仏。パリ国立高等音楽院、第2課程ピアノ科、室内楽科を修了し、第3課程ピアノ科(Diplôme d’Artiste Interprète、フォルテピアノ科に在籍。 2019年ロン=ティボー=クレスパン国際コンクールにて第2位入賞。 2021年エリザベート王妃国際音楽コンクール第3位など数々の国際コンクールで入賞を果たす。各国で精力的に演奏会を開催し、NHK Eテレ「ららら♪クラシック」、テレ朝「題名のない音楽会」など出演多数。

小さな声の向こうに

小さな声の向こうに

塩谷 舞

文藝春秋

2024年4月9日 発売