「ホストと関わらなければ、結婚して主婦になって、子どももいただろうなって思います」
今から30年前、ホストクラブにハマったことで人生を大きく変わった、加奈子(仮名・48歳)さん。彼女はなぜホストにハマり、そしてどう転落していったのか? 作家の大泉りか氏による文庫『ホス狂い』より一部抜粋してお届けする。(全2回の1回目/後編を読む)
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初めてホストにハマったのは30年前――1992年のこと
「よく言われるけど、嘘じゃないかっていうロクでもない経験をしてます。ホストさえ行ってなければ、身体を売る仕事はしてなかったので、究極の堕落ですよね。性産業に身を投じることによって、SMとか、そういう知らなくていいものまで知ってしまった。ホストと関わらなければ、結婚して主婦になって、子どももいただろうなって思います」
スマホの向こう側から聞こえてきたのは、ずいぶんとハスキーな声だった。現在、闘病中だという加奈子(仮名・48歳)の取材は電話で行うことになった。
加奈子を紹介してくれたのは、以前からの友人でもある作家の神田つばき氏で、若い頃からホストクラブに通っていて、現在はホストと同棲中の知人の女性がいるという話だった。
卒業することなく、三十年もの間、ホストクラブに通い続けている女性であれば、得たものも失ったものも大きく、さらに自分の人生を俯瞰で見て語ってくれるのではないか。そう期待して取材に臨んだ。
加奈子が初めてホストクラブに足を踏み入れたのは、1992年のことだ。
歌舞伎町のキャバクラでアルバイトをしていた18歳の頃に、店に客として遊びに来たホストに誘われ某老舗のホストクラブに足を運んだのだが、まったく面白くなくて、以後、通うことはなかった。
ところがその数年後、大手企業の会社員になっていた加奈子は、友人に連れられて再びホストクラブに足を踏み入れる。そこで楽しさに目覚めたという。
「18歳でホストクラブに行ったときは、ブランデーが主流だったので、お酒の美味しさがわからなかったし、ホストもジジイばっかりだしって感じだったんだけど、二度目に行ったときは、わたしも20代半ばに差し掛かっていたので、働いているホストたちも同年代で話しやすいなって。焼酎のボトルもあるようになっていたので、飲みたいお酒も飲めて楽しい。ちょうど、2000年問題があった頃で、仕事の残業も多くて、ストレスを発散する場所がなかったこともあって、通い出したんです」
1990年代後半は日本列島総不況と言われていたが、国税庁の「民間給与実態統計調査」によると、1997年の平均給与は467万3000円。2020年の平均給与433万1000円に比べると34万2000円も高い(※ただし、平均算出には正規と非正規、役員などの値も含まれている)。また働き方改革によって長時間労働の是正が推進される前でもあった。とにかく仕事が忙しくて残業も多く、稼ぎはそこそこあり、けれどもそれを使う時間がなかった加奈子には、ある程度の貯金があった。