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アメリカはなぜディストピア化したのか

 1981年、アメリカでレーガン政権が登場し、イギリスのサッチャー政権とともに自由放任主義的な経済政策を強力に推し進めました。その背後には、ミルトン・フリードマンを主導者とする新古典派経済学がありました。国家の介入を排除し、市場を純粋化するほど、資本主義経済は効率的で安定的になるという考え方です。80年代以降の第二次グローバル化とは、世界全体を市場で覆い尽くそうとした、その壮大な実験でした。そして、実際、すべてのリスクを証券化してしまう金融革命やクリック一つで瞬時に情報の伝達や資金の移動を行えるIT革命が起こり、その二つの革命の波に乗ったアメリカ経済は未曾有の高度成長を実現しました。そして、1989年の冷戦終了を切っ掛けとして、「自由放任主義」や「株主主権論」を標榜するアメリカ型資本主義が「グローバル標準」と見なされるようにもなったのです。

©Nikomiso/イメージマート

 だが、21世紀に入ると逆に、自由放任主義や株主主権論に内在している不安定性や不平等性があらわになるのです。たとえば繰り返される金融危機。グローバル化した金融市場は複雑に絡み合い、局地的な攪乱が瞬時に世界に波及する。2008年、アメリカ発のリーマンショックで、私たちはその不安定性を体験しました。

 また、「会社の唯一の社会的目的は利潤を増大することだ」という株主主権論。その下で、労働者の雇用や地域社会の安定よりも株主の利益のみが優先されるようになると、アメリカで不平等が著しく拡大しました。株価は急上昇し、それに貢献した経営者の報酬も高騰する一方、労働者への支払いは停滞しました。特に悲惨なのは、安価な外国製品との競争に敗けた重厚長大産業の労働者でしたが、自由放任主義を原則とするアメリカはこれらの「敗者」に手を差し伸べませんでした。その一方で、IT企業の起業家たちは市場のグローバル化によって莫大な所得を手にしています。その結果、上位1%の高所得者層が全所得の20%を得るようになっています。アメリカは第二次大戦以前に匹敵する不平等社会に後戻りし、クズネッツの法則を破壊してしまったのです。

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 この不平等が2016年の大統領選挙でドナルド・トランプ氏を勝利に導いたのです。グローバル化の「敗者」が「アメリカ第一主義」を唱えるトランプ氏の熱烈な信奉者となりました。さらに、グローバル化とは「民主主義」や「法の支配」や「思想の自由」といった抽象的概念を振り回すリベラル派エリートのイデオロギーにすぎないというその言説は、女性や非白人の進出に脅威を感じる白人男性の共感を呼びました。その支持者が20年の大統領選の敗北を拒否し、民主主義の殿堂であるべき連邦議会を襲撃した場面はまだ記憶に新しいはずです。

連邦議会を襲撃するトランプ支持派 ©時事通信社

 第二次世界大戦以後、アメリカが主導し、先進国間で共有されてきた「民主主義」や「法の支配」や「思想の自由」といった近代社会を支える基本原理を敵視する巨大な勢力が、まさにアメリカの只中に生まれ、アメリカを分断したのです。「グローバル標準」であったアメリカは一転して「ディストピア」になりました。