入江 佐藤さんの刑事とは真逆で、透明な存在というか傍観者なんです。傍観者がゆえに最終的には誰よりもわかりやすく自問自答する。僕自身もコロナのときにもっとできたことがあったんじゃないかと思うところがあって、そういった感情を稲垣さんに託しました。
──配役がことごとくハマっていると感じましたが、俳優それぞれの演技に手応えは十分でしたか。
入江 僕は演技の方向性についてはあまりディレクションしません。俳優さんが脚本を読んで考えてきたことの方が面白いというか、自分の想定をはるかに超えてくる感じがあるからです。今回はほぼ、何かをリクエストする必要はありませんでした。
その一方で、終わりをどうするかわからない状態で撮っていたんです。もちろん、脚本にはいちおうあるんですけど、どのシーンで終わってもいいというか…実はそれがすごく不安でした。
最後のシーンにこめた祈り
──杏が生きる希望を取り戻し、それがゆえ絶望に陥る“ある”出来事ですね。ラストの切なくも美しいシークエンスはとても印象的でした。
入江 あれは撮影の浦田秀穂さんと照明の常谷良男さんコンビの力が大きいです。撮っていくなかで、最後のシーンは暗い光じゃなく、ある種の爽やかな光のほうがふさわしいという暗黙の了解ができていたんです。
杏にとっては苦しい瞬間なんですけど、いろんなものから解放される瞬間でもある。
コロナの2020年の春先って天気がよくて、けっこう明るかった印象がある一方で起きてることは暗く、あの光の中にいろんな人の大変な瞬間があった。
杏は視野をちょっと広げて明るい方を見れば“生”の豊かさに気づけたはずなのに、そこに気づけなかったことが悲劇の根源じゃないかと思うんです。
物語が進むにつれ、杏が映し出される画にはだんだん光が増えていきます。それは彼女の人生が前向きになっていく力強さの象徴で、特に最後のシーンは僕や制作スタッフの祈りでもあるんです。