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「月給15万円ももらえなかった」デビュー直後の意外な生活

――そういえば、オーディションの賞金500万円と100万円は振り込みですか、手渡しですか?

野村 振り込みで。結局、撮影の途中に振り込まれてましたね。妹はもらった100万で、学校の入学金とか払っていて、「しっかりしてるなあ」って。僕なんて、すぐさま車を買っちゃいましたから(笑)。ホンダのプレリュード。一番いいクラスを買って……300万ぐらいしたのかな。あとは服をちょこちょこ買って、残りは貯金して。

 

――角川春樹事務所の専属俳優になったわけですよね。

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野村 芸能部の社員として入りました。月給制。オーディションで「将来はサラリーマンになりたいです」なんて言ってたけど、それが叶ったというね(笑)。

 最初の頃は、月給15万円もなかったんじゃないかな。ボーナスもなかったし。

 そういえば、某企業のCMに出たけど、グリコ森永事件で飛んじゃったの。でも、ちょっとだけ放送されたので契約金も入ってるはずなんだけど、もらえてない。今だったら言うけど、当時はあんまり気にしなかったね。

映画の魅力に取り憑かれたワケ

――角川に入って、いろいろメディアに出されたのですか。

野村 角川のスタイルって、基本的にテレビに所属俳優を出さないんですよ。テレビに出るのは、映画の宣伝のためだけという。だから、『メイン・テーマ』を撮って、その次の『キャバレー』(1986年)を撮るまで、なんも仕事らしい仕事をしてないんです。たまに雑誌の取材を受けるぐらいだったけど、給料は出してもらってましたね。

――仕事をしていない間って、「いいのかな」って悩みそうですけどね。

野村 『キャバレー』が決まって、いろいろ準備をしてたから、そういうのはなかったけどね。ただ、『キャバレー』が決まるまでは悩みましたよ。『メイン・テーマ』が終わって、役者を辞めて違う道に進んだほうがいいんじゃないかなって。

 だけど、映画の魅力に取り憑かれちゃったんですよね。

俳優デビュー後、映画の世界に引き込まれていった(写真=野村宏伸さん提供)

――面白かったんですね。

野村 面白かった。『メイン・テーマ』の現場って、環境が良くて「映画の世界って、いいな」と思ってたんです。それで、もうちょっと役者をやってみようかなと考えて、続けて『キャバレー』も決まって。角川としても結構な大勝負というか、『キャバレー』って角川映画10周年記念作だったんですよね。だから、角川さんが監督を務めて、お金も掛けて、メチャクチャ力を入れたんですよ。

「いろいろ準備をしてた」って言いましたけど、僕はサックスプレイヤーの役だったので、その練習なんかをやってたんですよ。