ヒグマ・地権者・行政のやる気
結論から言えば、知床で効果的な制度が導入できたのは、「ヒグマ」、「地権者」、「行政のやる気」の3点である。つまり、知床ではヒグマが出てくるので、遊歩道の全面閉鎖を回避するために、従来は規制に反対する観光事業者から、安定的な利用に対する要望があったこと。次に、地権者の反対がなかったこと(地権者が規制に反対する例は多い)、そして、責任回避したがる行政がしっかりと責任をもって制度作りに取り組んだことである。
特に、富士山や屋久島といった利用調整地区の導入に適していると思われる地域では、地権者や利害関係者による反対が指摘される。
たとえば、あまり知られていないが、富士山の八合目から上の土地(つまり、標高3360mより上)は、すべて富士山本宮浅間大社の「私有地」である(1974年に最高裁判決にて確定)。私有地なので、利用調整地区をはじめとする法的な制度を導入するには、地権者の合意が不可欠となる。また、五合目にある土産物店やレストラン関係者は、富士山の利用規制に総じて反対であることが知られる。
混雑が指摘される屋久島の縄文杉ルートもそのほぼ全てが林野庁の所有する国有林であり、規制に対する観光事業者からの反対も根強い。このように、地権者や利害関係者との合意形成が第一の壁となることが一般的である。
では、地権者や利害関係者がOKすれば規制ができるかというと、話はそう簡単でもない。なぜなら、国立公園を所管する環境省自身も、利用調整地区の導入に及び腰であることが多いからである。
第一に、国立公園を管理する自然保護官(レンジャー)の数が少ないので、利用調整にかかる合意形成や調査など、追加的な業務を行うことに及び腰である。また、制度導入に合意できたとしても、「実施」には更なる試練が待ち受けている。というのも、規制を行うということは、関連するデータを集め、関係者と協議し、課題や違反が生じたら、その都度、制度を改善する責務を負うためである。ある意味では、当たり前の業務とも言えるが、これを避けたがるのが日本の行政組織である。
さらに、利用調整地区では観光客に対して事前講習を課しているが、この事前講習の費用を誰が負担するのか、利用調整地区制度が前提としている指定認定機関(指定管理者のようなもの)を誰が引き受けてくれるのか……など、実施上の課題が多い状況にある。
それでいて観光客から徴収する「事務手数料」は、法律上、自由に使うことができず、「立ち入り許可にかかる事務経費」のみが対象であり、登山道の整備や自然環境調査等には用いることができないなど、使いづらい構造を有している。逆に言えば、これらの諸課題をいかにクリアするかが、この制度を活かす重要なポイントとなるだろう。