奈良県にある私立中高一貫校の西大和学園。今や、東大、京大合格者数で全国トップレベル進学校だが、わずか30年前までは偏差値50の無名私立高校だったという。西大和学園はいかにして共学トップの進学校になったのだろうか?
ここでは、西大和学園の創設者で、学園の会長でもある田野瀬良太郎氏の著書『なぜ田舎の無名高校が東大、京大合格トップ進学校になれたのか 西大和学園の躍進』(主婦の友社)より一部を抜粋して紹介する。(全4回の3回目/4回目に続く)
◆◆◆
全国ランキングトップ10入り
生え抜き校長第1号である平林校長時代の西大和学園は、東大・京大合格者数を1998年の60名から63名、67名と着実に伸ばしていきました。そして、2001年は一気に94名で全国ランキング10位となり、初の全国トップ10入りを果たしました。彼らの中学校入学は1995年。つまり、「東大・京大合格者23名、うち現役合格者19名」という6期生の進学実績を見て西大和学園を受験した子どもたちです。
関西大学合格者20名という目標を達成し、祝勝会では先生方が歓喜のあまりビールかけをした、あの1期生の快挙から12年。西大和学園はついに日本の超最難関進学校と同じ土俵に上がることになりました。
なぜ、西大和学園はここまで急成長したのか。進学指導にどんな秘密があるのか。
生徒や親御さん、そして塾や学校関係者も知りたがっていました。答えは私を含め教員一同一致していて、教員たちの「熱意」と生徒たちの「努力」というほかないのですが、名門校の真似から始まった授業のカリキュラムや行事、子どもたちの能力を開花させる体験型プログラムは、その熱意と努力で改善に改善が重ねられ、今や「西大和スタイル」と呼んでも差し支えないほど充実してきていました。