『八秒で跳べ』坪田侑也 著
一方、こちらの作品の「トブ」は、『万事快調』と比べたらきわめて健全。全国大会をめざす高校のバレーボール部が舞台で、「青春部活小説」と帯にもあります。しかしながら、いわゆる少年ジャンプ系の「努力・友情・勝利(→もっと強い敵登場→もっと努力して勝利、の無限ループ)」とは一線を画す読み味。小説だからこそ描きうる、きわめて繊細な心情描写が胸に刺さる作品です。
「努力・友情・勝利」とは一線を画す青春部活小説
少し熱量が低めだがバレー部のレギュラーだった高校2年の宮下景は、突発的な事故で足首を怪我し、コートをしばらく離れることに。一方、事故の「原因」を作った同級生の女子・真島綾は、中学時代に漫画新人賞で佳作を受賞して漫画家を目指しているが、今は創作に行き詰まり「暗い海の底」に。
「......好きで始めたはずなのに、いつの間にか、どうして描いてるのかとか全部、わけわからなくなってるんだね」
控えに甘んじ、退部するつもりだったチームメイトにレギュラーを奪われ、心がざわざわとし始めた景は、綾にバレー部のポスターを描いてもらうことに。この何気ない依頼が青春真っ只中、道に惑う2人の日々にさざなみのような変化をもたらすことになります。
現役大学生作家の才能を感じる一冊。「八秒」には2つの意味がある?
作者の坪田さんは、現役の慶應義塾大学医学部生。15歳で小説新人賞を獲得して作家デビューを果たすと同時に、学生時代はバレー部でスポーツにも打ち込んでいました。その2つの経験で得た喜びや苦しみなどのさまざまな感情を、的確に言語化する作家・坪田さん底力が、本作には惜しげもなく注ぎ込まれています。
たとえば、バレーボールの試合の、こんなシーン。
僕は助走距離を確保する。塩野のトスがふわりと上がってきた。
地面を蹴る。跳ねる。太腿の筋肉、肩の筋肉、前腕の筋肉。繊維の一本一本が滑って、細胞が燃えた。筋肉に直接記憶されている動作が、自然と再現されていく。ジャンプの最高到達点の視界にブロックが入ってくる。
一瞬の出来事だった。手のひらで、熱が爆ぜた。
パリ五輪での活躍が期待されるバレーボール男子日本代表の髙橋藍選手も、本書を読んで「多感な高校生だからこそ、一つひとつの出来事が大きく心に刻まれる。苦しんだ先に喜びがあることを、この小説は教えてくれる」と大推薦。
タイトルにある「八秒」とは、試合中、主審が笛を鳴らしてから八秒以内にサーブを打たなければ反則となる、というルールを指したもの(相手に1点が入る)。ただ、物語の終盤、景はもうひとつの「八秒」の意味を知ることになります。クライマックス、景はそのもうひとつの「八秒」の意味を心の真ん中に置きながら「跳ぶ」のです。
もうひとつの「八秒」の意味は、是非本書を読んで知っていただけたら。