SNSでの誹謗中傷、親ガチャ、ウーバーイーツ、TikTok、インフルエンサー、起業ブーム……令和という時代を象徴するようなキーワードやトレンドは、時々刻々と更新されていきます。そして、そういったトレンドの奔流に身を置く人々の多くは「Z世代」と呼ばれる、いまを生きる若者たちです。

 このところ、彼ら令和を生きる若者たちの姿を丁寧に描いた小説が数多く刊行されています。そこで今回は、そんな「Z世代」を体感する小説作品6作を「本の話」編集部が厳選。まずは前編の3冊をご紹介します。

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1『令和元年の人生ゲーム』 麻布競馬場 著

令和元年の人生ゲーム

直木賞候補作となった「Z世代」の取扱説明書

 なんとも人を食ったペンネームですが、麻布競馬場さんは令和に入ってからX(旧Twitter)で小説を発表するようになり、熱狂的なフォロワーを獲得。デビュー作『この部屋から東京タワーは永遠に見えない』(集英社)が「タワマン文学」として広く支持されました。覆面作家であることも含めて、まさに令和という時代を体現するクリエイターの1人といっていいでしょう。その麻布競馬場さんの最新作が『令和元年の人生ゲーム』。評論家の佐藤優さんが「なにを考えているかよくわからないZ世代の内在的論理を見事に対象化した作品」と絶賛する、まさにこの時代を生きる若者たちを活写した長編小説。本年7月17日に選考会が開かれる第171回直木賞の候補作となった話題の書です。

 物語は、エリート大学に通っていた若者たちが、令和の世に東京で社会人となって生きていく、それぞれの歩みを描いていきます。

 ビジネスプランを競うコンテストを主催する慶應義塾大学のビジコンサークルで、ソーシャルグッドなビジネスを志向していた学生たちは、大手町のキラキラメガベンチャーで競い合う新入社員となり、「正義」の実現に燃える人たちが集う池尻大橋のシェアハウスに住んでみたり、高円寺の老舗銭湯をコミュニティ化する会にのめり込んでみたり……そこで描かれるのは、都市部で社会人となった「意識高い系」に属していそうな彼らの「なにものかになりたい」という欲望、焦り、葛藤、そして残酷なまでの現実です。

「ベンチャー企業って、構造としては完全にヤンキーごっこ」

「港区を知り尽くした男」、麻布競馬場が見つめてきたここ20年ほどのスタートアップやベンチャー界隈の知見が随所にちりばめられ、とことんリアルで解像度の高い描写や分析が物語に堅牢な骨格を与えています。その知見の一端は、たとえばこんなふうに、登場人物の述懐という形で示されます。

“「意識高い系キラキラメガベンチャー」とはつまり、同じような育ち、同じような学歴、そして「たくさん働いてたくさん稼いで圧倒的に成長したい」という同じような価値観を共有する、同質性の高い人たちの集合体に過ぎないのかもしれない。構造としては、完全にヤンキーごっこだ。”

 さまざまな若者が登場する中で印象的なのが、物語を通して、そういった「同質性」の高い人々とは一線を画す存在でありつづける沼田くん。彼は賢すぎて自分の可能性を知りすぎてしまったのか、「まだ人生に本気になってるんですか?」と、諦念(あるいは周囲への軽蔑)に満ちた言動に終始します。それでいて、与えられたタスクを見事にやってのけたりする。まさに「何を考えているのかわからない」沼田くんのような心のありように触れることで、見えてくるものは一体何なのか。

 沼田くんも含めて、本作に登場する「Z世代」の心のありようは、あるいはどの時代の若者が感じていたことと、本質的には変わりがないのかもしれません。それでも間違いなく本作には、令和という時代の空気が濃厚に刻まれています。