3『K+ICO』上田岳弘 著
ウーバーイーツのデリバリーバッグ=“負け組ランドセル”という、世界の残酷
今年デビュー10周年となる芥川賞作家の上田岳弘さんの最新作『K+ICO』の主要な登場人物は、2人の大学生。
ウーバーイーツの配達員であるKと、人気TikTokerのICOです。
上田さんは最近知って衝撃を受けたネットスラングとして“負け組ランドセル”を挙げ、執筆の動機をインタビューでこう話しています。
「(“負け組ランドセル”という言葉は)ウーバーイーツの配達員たちが背中に黒い巨大なバッグを背負っている姿が、低学年の小学生が体に似合わないほど大きなランドセルを背負っている姿に似ているところから来たようです。
その言葉には、正規雇用に就けずギグワークをしている人たちへの明らかな揶揄が含まれています。
はじめて聞いた時、とてもいやな感じがしたのと同時に、この世界の残酷さをはからずも言い当てているような気がしました。僕が新作『K+ICO』を書いた理由は、その感覚と共通しているのかもしれません」(文春オンライン・上田岳弘さんインタビューより)
上田さんはまず、Kの内面を精緻に描きます。Kは毎日カフカの『城』をオーディオブックで聴きながら、シティバイクを駆り、注文の品を依頼主に届けます。
“Kは孤独である。
と同時に孤独ではない。
なぜならーー”
なぜならKには、『城』を繰り返し聴くうちに彼の頭の中に出来上がった「城」と、そこに住まう「姫」がいるから。
そしてその「姫」を「城」から救い出す、という「使命」のために、日々シティバイクで身体を鍛え、金を稼いでいるのです。
なかなか理解するのが難しい「使命」ではありますが、少なくともKの精神性に、“負け組ランドセル”という揶揄や蔑みの入り込む余地はありません。その一つ一つの行動を支える「信念』には、ある種の気高さすら感じられます。
「ウーバーイーツ配達員のくせに!」
一方のICOは、顔は出さないが「男性にも女性にも受ける外見を持っている」TikTokerとして、部屋に籠もって学費や生活費を十分に稼いでいる女子大学生。身バレを恐れ、そろそろ足を洗いたいと思っていて、お金はあるのでウーバーイーツをよく頼んでいます。そして、とあるきっかけで、フライドチキンセットを届けに来た1人の配達員の「視線」が忘れられなくなるのです。
“ウーバーイーツ配達員のくせに、
ウーバーイーツ配達員のくせに、
ウーバーイーツ配達員のくせに!”
KとICO、交わらないはずの2人の人生が交錯し、物語はあらぬ方向へと転がりだしていきます。
窪美澄さん「うんざりするような世界でも、私は誰かと繋がっていたい。そんな欲望を肯定してくれたこの小説は、限りなくせつなく、そしてやさしい」
金原ひとみさん「上田岳弘は、こんなにも抽象の世界から、具体の力を行使する」
ラランド ニシダ さん「まだ見ぬ誰かとの数奇な巡り合わせはインターネットに操られる。ITは我々を孤独にさせてくれない」
名だたる作家や読み巧者が帯に寄せた推薦文が、この小説の強靭さを示しています。
3つの作品世界がつながっているような読後感
今回紹介した3作品を読み終えた後に、作者も文体もまったく異なるけれど、すべての作品世界がつながっているような、不思議な読後感を抱く方もいるでしょう。
『令和元年の人生ゲーム』の沼田くんがタラタラと皇居ランをしているその脇を、Kのシティバイクが駆け抜けていく。自分の部屋で、ベッドに寝転がりながらスマートフォンでICOのTikTokのショート動画を漫然と眺めていた琴美が、ふいにミアのYouTube生配信に画面を切り替えるーー。
少しでも気になった一冊があれば、まずは手にとっていただき、そこから2冊目、3冊目と進んでいけば、きっとあなたの心の中に、豊かな「令和」の物語世界が広がっていくはずです。