「そんなに期待していたわけじゃないんです。俳優のさがでね、単なる観客のように何でも素直に観るってわけにはいかないものなんですよね。ところが、ものすごく感動しちゃいまして。絶対に観にいく価値がある! と、すぐに妻にも勧めたほどです」

 俳優の鶴見辰吾さんが、そう熱っぽく語るのは、日本キャストでは2017年に初演されたミュージカル『ビリー・エリオット~リトル・ダンサー~』観劇の感想だ。そして鶴見さんは、今年再び幕を開ける本作に、主人公・ビリーの“お父さん役”で初出演する。

鶴見辰吾さん

 物語の舞台は1984年、イギリス北部の炭鉱町。続く不況に喘ぐ大人たちは、誰もが不安で陰鬱な顔をしている。そんな中、11歳の少年ビリー・エリオットは、ひょんなことからバレエのとりことなり、家族には内緒でレッスンに通うように。しかし、妻を亡くし男手一つでビリーを育てる父は大激怒。息子にはボクシングを習わせ、逞しく育ってほしいと考えていたのだ。

ADVERTISEMENT

「本作には、当時のイギリスの世相が色濃く反映されています。かつて大英帝国として世界トップに君臨していた国が、傾き、落ちぶれていくさまを一つの炭鉱町を舞台に実に繊細に描きだしている……。その姿は、ちょうど今の日本と重なって見えませんか?」

 そんな背景があるからこそ、たとえ父から反対されようとバレエダンサーになる夢を決して諦めない少年が、いっそう輝いて見えるのだ。踊っている時だけはツラいことも忘れて夢中になれるというビリー。次第にその熱意と才能を認めるようになった父は、彼に、名門「ロイヤル・バレエスクール」の入試を受けさせるため、ある決断をする――。

 

「階級、コミュニティ、ジェンダー、家族、そして夢。いろいろなテーマが凝縮された、本当に良質なエンターテインメントです」と、すっかり本作に惚れ込んだ鶴見さんに、思いがけない機会が訪れた。

「2024年公演のキャストオーディションをするというお話があって。大好きな作品に出演するチャンスですから、家で歌や踊りの練習をたっぷりしてオーディションに臨みました。そうして、久しぶりに自分の力で手繰り寄せた役。思い入れはひとしおです」

 しかし、鶴見さんといえば、テレビや映画ではお馴染みではあるものの、舞台上で歌って踊って、という姿は少し意外な気もするが――。

「確かに、私はテレビからこの世界に入りましたし、技術的な面で専門の訓練を受けているわけでもありません。ただ、俳優って常に新しい役に挑戦したいものなんですよね。こんな鶴見辰吾、見たことない、でも意外とよかった、と言わせたい。例えば今回は、熟練炭鉱夫の役なので、少しでもそれらしく見せるために、筋トレはかなり頑張っていますよ(笑)」

 さらに、こんな秘話も聞かせてくれた。

「実は、私がこの世界に入るきっかけとなったのは、幼稚園児の頃に観た宝塚歌劇団の舞台なんです。子どもながらに夢中になっている私を見て、この子はお芝居とか舞台の世界が向いているかもと思った叔母が応募した一般公募で子役に決まり、デビューしたのが始まりだったんです」

 当時、特別に連れていってもらった舞台袖から見たステージの美しさ、演者たちの輝きに、鶴見少年は魅了されたのだ。しかし、それが自分の俳優人生の原風景だったことは、最近まで忘れていたという。

「ある時、やはり袖からステージを見ていて、ああ、これが本当にやりたかったことだったと思い出したんです。舞台、しかもミュージカルをね!」

つるみしんご/1964年生まれ。東京都出身。77年にテレビドラマ『竹の子すくすく』で芸能界デビュー。以来、俳優としてドラマ、映画で活躍。代表作に『3年B組金八先生』『高校聖夫婦』、映画『潮騒』など。さらに舞台作品にも精力的に出演。近年の出演舞台では、ミュージカル『生きる』(23)などがある。

INFORMATIONアイコン

ミュージカル『ビリー・エリオット~リトル・ダンサー~』
東京公演:7月27日~10月26日(東京建物Brillia HALL)
大阪公演:11月9日~11月24日(SkyシアターMBS)
https://billy2024.com/