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 政権はさらに、政府が必要と認めた検察幹部については定年延長を可能とする検察庁法改正案を3月に上程する。これに反対する女性が「#検察庁法改正案に抗議します」のハッシュタグ付きでツイッター(当時)に投稿すると、それが爆発的に拡大。元検事総長の松尾邦弘ら有力検察OBらも「検察への不当な人事介入だ」と反旗を掲げた。

桜を見る会の前夜祭を巡っては安倍氏の秘書が政治資金規正法違反で略式起訴された ©時事通信社

 騒動は意外な結末を迎えて終わる。黒川がコロナによる外出自粛の中、親しい新聞記者たちと賭け麻雀に興じていたことを「週刊文春」に暴露され、5月に引責辞任したのだ。前後して政権は通常国会での検察庁法改正案の成立を見送った。そして検察は名古屋高検検事長の林を急遽、検事総長含みで黒川の後任に起用。林は同年7月、総長に昇任した。

 こうして安倍政権の「野望」は潰えた。だが一連の人事騒動を通じ、法務・検察は、政治に近すぎて、「国民の期待に応える検察権を行使していないのではないか」との疑念を国民に抱かせることになった。

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 実際、安倍政権時代、法務・検察は与党政治家のからむ事件の捜査に神経を使っていた。安倍自身が告発された桜を見る会などの著名な事件は別にして、法律解釈が分かれるような事件では、検察上層部が「筋悪」と判断し、人知れず闇に葬ることもあった。

 数々の特捜事件を指揮した元検察首脳は「無理筋の事件を潰すのが上の役割。現場の評判が悪くなっても、特捜幹部と示し合わせてボツにすることもあった」と振り返る。

 それは、あくまでも検察の理念である「厳正公平・不偏不党」の名のもとに行われたが、捜査される側からすると、「ありがたい忖度」に見えたことだろう。

変質した政権と検察の関係

 その後、政権と検察の関係は大きく変わった。法務・検察は、「政治への忖度」批判を恐れ、官邸や法相への業務報告などでも極力、マスコミなどから政治と近いとみられないように気を使った。法務・検察首脳の人事は林検事総長のもとで一新。黒川の定年延長問題で批判を浴びた辻は検事総長候補から外れ、2023年7月、定年まで1年以上を残して、仙台高検検事長で退官した。

 いまの法務省には、黒川のように政界ロビーイングを得意とするタイプの幹部はいない。法務事務次官の川原隆司は、東京地検刑事部で「たたき」(強盗)や「殺し」(殺人)を扱う強行班検事として鳴らし、警視庁にファンが多いとされる。捜査現場の証拠、法律判断を尊重するタイプとされる。刑事局長の松下裕子は女性初の特捜部副部長だった。その後、刑事局総務課長や会計課長などエリートコースを歩んだ。林の薫陶を受け、彼女も現場を大事にしてきた。

 林の後を受けて検事総長になった甲斐行夫は立法の専門家だが、検事としてはオーソドックスで、政治性はゼロと言われる。事実上、検察の捜査現場を取り仕切っている、元特捜部長で、最高検刑事部長の森本宏は、アグレッシブな性格だ。筋のいい事件なら、立件に向け現場の背中を押す。(文中敬称略)

 特捜検察取材歴40年の村山治氏が、安倍政権が検察人事に介入した背景から東京地検特捜部が裏金問題で安倍派に捜査のメスを入れるまでを詳細に解説した「特捜検察取材歴40年の事件記者が解き明かす『検察VS安倍派』怨念の歴史」の全文は、「文藝春秋 電子版」で読むことができます。