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 藤井が他の棋士からはタイトルを獲られないでほしい気持ちはあったのか?

「そうですね、それはやっぱり少なからずあったかと」

 棋士であれば、それは誰しも心の中で思うことだろうか?

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「結構人によって考え方は違うような気もします。(自分の場合はそういう気持ちが)あったと思います」

 

藤井といえども、全て正確に指し続けるのは難しい

 伊藤は短い言葉ではあるが、率直な感情を伝えてくれる。取材者としては“言葉が絵になる”棋士だ。前回の取材から約2年半が過ぎたが、その間に藤井への意識、距離感は違ってきたのだろうか?

「やっぱり、最も意識している存在であることに変わりはありません。本当にずっと藤井さんを目標にやってきたというのは、(デビューしてから今まで)変わらなかったと感じています」

 第5局の感想戦で、藤井は終盤に自分のミスがあったことを認めながらも「伊藤さんの力を感じた」と発言している。タイトル戦という最高の舞台で藤井と戦い続ける中、伊藤は何かを掴んだのだろうか?

「あまり実感していないのですが、ただ藤井さんとのタイトル戦で学ぶというか、教わってきたので、それが本当に良い経験になっていたと思います。以前ですと、藤井さんの指手を絶対的に信頼していたというか、それは今もそういうところはあるんですけども、やはり藤井さんといえども人間ですし、全て正確に指し続けるのは難しい。やっぱりずっと負けが続いていたところから、一つ勝てたというのが大きかった。あと、今回のシリーズは持ち時間4時間のチェスクロック方式で、終盤の逆転が起こりやすい状況ではあったのかなと感じています」

 

まずは良い内容の将棋を指さないといけない

 自分の中に進化を感じるところは?

「技術的なところで変化した部分は、それほど実感していないのですが、以前ですとどうしても結果にこだわっていたところがあったと思うんです。対藤井戦で勝てないだけでなく、内容もそれほど接戦にもなっていなかった。それが勝ち負けよりも、より良い将棋を指したいという気持ちに変化していったところはあるかなと。もちろん、結果も重要なんですが、まずは良い内容の将棋を指さないといけない気持ちはありました」

 奨励会時代から追いかけてきた藤井を破り、タイトルを獲得した。世界が違って見えることはあったのだろうか?

「ああ、あまり思っていない(笑)。何も変わらない日常ではあったのですけども、そうですね、いろいろな方に連絡をもらって非常に嬉しい気持ちにはなりました。翌々日からは研究会も入っていたので普段と変わらない生活ですが、(兄弟弟子、棋士仲間と)食事会に行ってお祝いの言葉をもらいました」

 伊藤の言葉には、多くの人からの声が届いた喜びが滲んでいた。これは四段当時の取材では感じられなかった一面だった。