運が良かったのかなと感じている
伊藤は竜王戦の挑戦者になれたことが、大きな転機になったと言う。竜王戦と叡王戦の挑戦者決定戦では、中学時代から教わってきた存在であり、最も影響を受けた棋士と話す永瀬拓矢九段と対戦した。
「竜王戦の挑決で当たったときには、かなり厳しい戦いになると思いましたし、叡王戦のときもそうです。もちろん今も厳しい相手であることに変わりはないですし、本当にいつも教わっていてどの将棋も研究が行き届いていることを実感しています。結果を出せたことは自信になりますけども、自分としては運が良かったのかなと感じています。他のトップ棋士との対戦においても。自分自身として、実力が向上していることを実感するとか、そういうことはないです」
これまで何人もの棋士に取材してきた中で、藤井にタイトル戦で「誰かが勝てば状況が変わる」という言葉が聞かれていた。今回自分が八冠の一角を崩したことによって、棋界の勢力図に変化は起きるのだろうか?
「藤井さんが圧倒的に強いという状況は、今のところ動きはないと感じています。まだまだ藤井さんを相手にどうなっていくのかという状況が続いていくのかなとは思います」
将棋ファンはかつての羽生世代の活躍のように、藤井と同世代の台頭に期待していると思うが?
「自分としては『藤井世代』という意識は特にないです。藤井さんがいて、他の棋士がどう戦っていくかというところだと思っていて、また、藤井世代と呼ばれるようになりたいといった希望も特にないですね。羽生世代の方々は本当に皆さん強い方ばかりですし、今も活躍されているのは本当にすごいことだと思っています。(仮に藤井世代と呼ばれるには)タイトルを獲る棋士が何人かは必要であると思うんですけど、やはり藤井さんが抜きん出ているという状況には今後も変化はないと思うので」
藤井以外に、最近注目している棋士はいるのか?
「やはり藤本渚さん(五段)は高勝率ですし、注目する存在かなと思います」
これまでの人生で大きかった3つの出来事
前回、これまでの人生で大きかった3つの出来事を挙げてもらった。伊藤は「将棋を始めたこと。奨励会に入ったこと。棋士になったこと」を挙げた。今回あらためて同じ質問をしてみた。
「やはり棋士になったことと、タイトルを獲れたことは入りますね。もう一つは、どれになるだろう?」
運命の人との出会いとかはないのだろうか?
「運命の人ですか? 特に思いつきませんね(笑)」
写真=石川啓次/文藝春秋