安室奈美恵、DA PUMPやSPEED、MAXらを次々と輩出したことで知られる「沖縄アクターズスクール」創業者のマキノ正幸さんが、6月28日に敗血症性ショックで死去していたことがわかった。享年83。

 父は映画監督のマキノ雅弘、母は女優の轟夕起子と、自身も華麗なる芸能一家に生まれたマキノさん。「週刊文春」の人気連載「家の履歴書」では、日本音楽界の一時代を築くまでの半生、そして安室奈美恵との衝撃的な出会いを語っていた。当時の記事を再公開する(初出:2018年12月20日 年齢・肩書等は公開当時のまま)。

マキノ正幸(まきの・まさゆき)/1941(昭和16)年、京都府生まれ。青山学院大学卒業。映画監督の父・マキノ雅弘と女優の母・轟夕起子の間に生まれる。祖父は日本映画の父・マキノ省三。長門裕之、津川雅彦とも血縁がある芸能一家で育つ。沖縄アクターズスクール校長として、安室奈美恵らを育成した。

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父は映画監督、母は人気女優の芸能一家に生まれ育った

 マキノは死んだんじゃないかと、東京だけでなく沖縄でも思われていたようです。安室が引退しなければ僕を思い出す人なんていないでしょう。

マキノ正幸さん(『沖縄と歌姫』より)

 真顔でそう話すマキノ正幸さんは、今年9月に芸能界を引退した安室奈美恵をはじめ、SPEED、DA PUMPらを育ててきた。

 

 1941(昭和16)年2月7日、京都で生まれる。祖父のマキノ省三は、監督、プロデューサーとして映画の礎(いしずえ)を築き、「日本映画の父」と呼ばれる。父・マキノ雅弘は著名な映画監督、母・轟夕起子は宝塚歌劇団出身の人気女優。俳優の長門裕之、津川雅彦兄弟は従兄であり、まさしく芸能一家に生まれ育った。

 物心ついた3、4歳のころは、鎌倉の材木座の、海に近い神社の中にある家に、母方の祖母と、お手伝いさんと暮らしていました。戦時中なので疎開していたようです。親父もおふくろも家にいなかったし、親の愛情なんて感じたことはないですね。

 鎌倉にいた期間は短くて、その後、京都の東山区の二階屋を借りて親父やお手伝いさんたちと暮らすようになりました。