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「セキさん、セキさん!」何度も呼んだ

 フルセットで敗れた直後のコートで石川は選手を集めた。「終わったことは切り替えて、次に集中しよう」。かける言葉は決して長くない。その言葉よりも、コートに輪をつくる前、何度も関田を呼びとめようとした場面が目に留まった。

 日本代表にとって絶対的な存在である関田が途中交代を命じられ、試合にも敗れた。チームの結果だけでなく、自らへの悔しさを噛みしめるように、関田はタオルを頭からかぶって周囲と断絶した。「セキさん!」。関田は石川の最初の呼びかけにも応じなかった。

日本男子バレー 勇者たちの軌跡』(田中夕子著/文藝春秋)

 そんな姿を見ることは初めてだった。ここからチームを立て直せるのか。石川は振り払われた関田の腕をもう一回、つかみにいった。

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「セキさんが悪かったわけではなく、崩れてしまったのは、僕が決められなかったから。(髙橋)藍も、西田も、ミドルもみんなよかったけれど、決めたいところでいつも決まる1点が決まらない。

 セキさんの中で『祐希のパフォーマンスが上がらない、どうしよう』と思って、クイックを使ったり、他の攻撃で切ろうとしてもなかなかうまくいかない。僕は、僕のせいだと思っていたし、(関田に対して)申し訳ないな、って。むしろそれよりも、エジプト戦で負けた後にセキさんが『もういい』ってなった時が、一番怖かった。あの時だけは、ヤバいって思いました」

 だから、何度も呼んだ。

「セキさん、セキさん!」と。

 

 中央大学時代からの先輩、後輩。言葉がなくとも信頼関係は築かれている。でも、普段から二人で一緒にいたり、特別に何か話をする機会が多いわけではない。今までにない関田の異変にどう対応すべきか。熟考の末、石川は山内晶大と髙橋健太郎に託した。「任せろ」と引き受けた二人は、西田と共に、関田の心を開くように会話を重ねていった。

 それぞれが、チームのために今できることをする。チームのことを考えた時、石川がすべきことは、本来のパフォーマンスを取り戻すことだった。