ただそこにある怪異を描いた『深泥丘奇談』
最後に紹介するのは、本棚のすぐ取り出せる場所に並んでいたこのシリーズ。『深泥丘奇談』綾辻行人(角川文庫)だ。
傑作ミステリーを数多く生み出してきた、紹介不要の綾辻先生によるホラー連作集である。アヤツジストで短編ホラー好きの私にとっては外せない一冊だ。
京都の某所「深泥丘」に暮らす推理小説家の「私」が体験する奇妙な話……という、実話風の怪談集である。その話の多くは、胡乱な出来事、怪異のようなもの、を扱った静かな日常の物語だ。背後からひたひたと近づいてくるなにかを、ふっと振り返るような……。目を凝らした先には、なにかがいるのだが、その正体がはっきりと見えることはない。
主人公の「私」は怪異を深追いしない。なぜならそんな気力はないからだ。そのうえ、「あれ?」と思うのは「私」だけであることが多く、周りの人たちはなにかを知っているふうで、あくまで淡々としている。
通院先の病院にいる、奇妙で優しいスタッフたち――眼帯をした双子の医師や、妖しい魅力の女性看護師(あぁ、おなじみの名前!)――や、穏やかでどこか頼もしい妻。魅力的な登場人物たちが、いつも寄り添っている。
「私」はきっと夢のなかにいるような心地で生きているのだろう。
深刻さはなく、ユーモアにあふれているのもそのおかげだ。この小説における怪異は、「敵」ではない。ときたま人間に牙を剥くときもあるかもしれないが、「ただそこにある」。それが面白い。ぼんやりと、心地よいアンニュイさに浸れる。こんな読後感の本はそうそうない。
一巻で私が特に好きだったのは「サムザムシ」「開けるな」「深泥丘魔術団」である。
シリーズには『深泥丘奇談・続』『深泥丘奇談・続々』もある。
なんとも取り留めのない紹介エッセイになってしまったが、こういった作品群に影響を受けた結果として、此度の新刊が生まれたと言える。
『幽霊作家と古物商 黄昏に浮かんだ謎』もまた「5分で読める『怖い話』13本」の煽りの通り、私自身が大好きなホラー掌編集だ。
主人公は幽霊。いわば「世界の異物」である。
また、「怪異」を「そこにいる、そういうもの」として書いた意識も大きい。本作の怪異は日常のあちこちに潜んでいる。やっつけようとか除霊しようとかいう展開には、そういえばならなかったなと、今さらながら気づいた。