ライヴの後にさっさと帰っていたことで……
こうして3回に渡るハンブルク遠征で実力を蓄えた。音楽にどっぷり浸かりオリジナル曲の制作も進む。故郷リヴァプールに凱旋し、ライヴは超満員の大人気。他のバンドも彼らの革ジャン姿をまねた。満を持してレコード会社との契約にこぎつけ、デビュー曲『ラヴ・ミー・ドゥ』の録音に取りかかった。ところがここで問題が生じる。ピートのドラムにレコード会社のプロデューサーが難色を示したのだ。
解雇を告げられた日のことを、ピートがリアルに語る。ビートルズの著名なマネージャー、ブライアン・エプスタインは、ためらった末にこう告げたという。
「メンバーは君を外すと決めて、後任も決まっているんだ」
「爆弾を落とされたようだった」とピート。私も組織に“切られた”ことがあるからよくわかる。だが口調は淡々として表情も穏やか。40年以上の時の流れを感じる。重要なのは、この時彼を“切った”のはレコード会社だけではない。バンドの仲間にも見限られてしまっていた。それをよく表すジョン・レノンの発言が紹介されている。その言葉が「ベスト・ドラマーが去り、グレート・ビートルがやってきた」という映画のキャッチコピーにつながる。
ジョン、ポール、ジョージの3人はライヴ後も呑んで騒いで愉快に過ごす。ところがピートは彼女と一緒にさっさと帰ってしまう。一方、後任のドラマーとなるリンゴ・スターは当時別のバンドだったが、3人と一緒に楽しんでいたという。つまり問題は腕前じゃなく、相性なのだ。それは努力だけではどうにもならないから余計に切ない。
ビートルズがロック初体験、という方は少なくないだろう。私もその一人だ。中学時、解散から5年だったが「世界を変えたバンド」としてすでにレジェンドだった。「赤盤・青盤」と呼ばれるベスト盤をカセットテープに録音し、旋律が脳髄に沁み通るほど聴いた。今でも時々脳内で再生される。高校でストーンズに心変わりしてしまったが。