舌足らずな喋り方にしたのは私のアイディア
――グレイシーという人物を演じるにあたって、どのような役作りをされたのでしょうか。彼女の声色や服装は、どこか子供っぽく、幼い印象を受けます。
ジュリアン・ムーア グレイシーとジョーとの過去の関係について、彼女が語る話はごくシンプルで、自分たちは激しい恋に落ちたというものです。でも相手が13歳だったと知れば、周囲は当然この関係は間違いだと判断する。だからグレイシーは少年を大人の男として扱い、逆に自分を頼りない存在として描写します。自分は頼りになる王子様に助けられた、王子様がたまたま13歳だっただけなのだ、それが彼女の信じる物語なのです。
そういう物語をつくりだし、自分自身に信じさせる人物とはどのような人なのか。その選択をするに至った背景とは何なのか。グレイシーの人物造形は、そういった要素から考えていきました。彼女にはとてもフェミニンで子供っぽいところがあるので、身振りや服装をまずそこに近づけ、話し方もそれに合わせて変えていきました。舌足らずな喋り方にしたのは私のアイディアです。より子供っぽくなるし、グレイシーになりきろうとする(エリザベス役の)ナタリーが真似しやすくなるなと思って。
あの喋り方は、グレイシーが世間に自分をどう見せたいのかを表すいい例だと思います。彼女は、自分のことをあどけなく、子供っぽい、人畜無害な人間だと他人に見せたいのです。実際、彼女はそういう家庭環境で育ってきたんですよね。自分はひとりで生きていく力のない弱い人間で、不幸な結婚生活から抜け出すためには他の誰かと恋愛をするしかない。そう思い込まされて生きてきた結果、あのような事態につながったのです。
――劇中では、鏡を使ったシーンがいくつも登場します。特に、グレイシーが化粧室の鏡の前でエリザベスに化粧をしてあげるシーンは印象的でした。
ジュリアン・ムーア 面白いショットがたくさんある映画ですよね。なかでもあそこはとても興味深いシーンです。グレイシーがただエリザベスにメイクをしているだけでなく、まるで自分の顔をエリザベスの顔の上に重ね描きしようとしているように見えます。あの場面で、グレイシーはエリザベスにこう言います。私であることがどういう感覚なのか感じてほしい、と。彼女たちはお互いにとても惹かれあっていて、同時にお互いを支配しようと争っているのです。非常に女性的な方法で二人は惹かれ合い、反発し合っている、そんな特別なシーンです。
撮影は、たぶん5テイクくらい重ねたと思います。長回しのシーンだったので、ナタリーと私とで芝居のリズムをコントロールすることができたのは最高でした。苦労したのは、ナタリーに本当にメイクをしなければいけなかったこと。彼女が振り向いたとき、ちゃんと私のように見えないといけない。正しい場所にメイクできているか、タイミングはどうか、ワンテイクのなかで細部にまで気をつけながら芝居をするのは本当に大変でした。とはいえ、とても挑戦的で刺激的な経験でした。