2021年7月、ミュージシャン・小山田圭吾氏は表舞台から姿を消した。過去に雑誌に掲載された自身の“いじめ告白”記事がSNS上で炎上し、東京オリンピック開会式音楽担当の辞任を余儀なくされたのだ。

 炎上の発端となったX(旧ツイッター)の投稿がされたのは、就任が発表された翌日の早朝。小山田氏は不安を抱えながらバンドのリハーサルを行っていたが、事態は徐々に深刻さを増していった。「誰ひとり、事実がわからなかった」小山田氏の家族も過熱するバッシングに動揺していたという。

 ここでは、ノンフィクション作家の中原一歩氏が小山田氏本人や関係者に取材してまとめた『小山田圭吾 炎上の「嘘」』(文藝春秋)より一部を抜粋して紹介。小山田氏とその家族、そしてマネージャーの高橋氏は“試練の日々”をどう過ごしたのか。(全4回の3回目/最初から読む

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小山田圭吾氏 ©文藝春秋

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初めてのスキャンダルにマネージャーも動揺

 夕方、緊張が走った。五輪開会式のクリエイティブチームの担当者が、高橋に電話をかけてきたのだった。高橋は一呼吸置いてから電話に出た。

「小山田さん、ネットでちょっと燃えていますね……大丈夫ですか?」

 電話の口調は落ち着いていて、むしろ小山田の状況を案じる内容だった。この時点で、7月23日の開会式まであと8日。高橋は「直前にもかかわらず、小山田のことで組織委員会にも迷惑をかける結果となり、申し訳ありません」と謝罪した。

 そして高橋は、当時、小山田がなぜあの雑誌インタビューに答えてしまったのか。具体的にどんな内容のインタビューだったのか。なぜ今になって炎上したのかなど、自分が知りうる事実を包み隠さず、正直に伝えた。事務局関係者は小山田の置かれた状況を理解し、熱心に話を聞いてくれたという。

 この時、高橋は勢いあまって、胸の内を切り出していた。

「こういう場合、どう対応したらよいのでしょうか。やはりコメントとか出したほうがいいのでしょうか?」

 情けない話だと、高橋は振り返る。というのも、フリッパーズ・ギター時代からあの時まで、小山田はスキャンダルらしいスキャンダルに、一度も遭遇したことがなかったのだ。とにかく音楽を作ることだけに専念してきた。それゆえ危機管理に精通している人間は、事務所の内にも外にも見当たらなかった。