高橋自身も初めての経験だった。SNSで所属アーティストが炎上した際、何をどうすればよいのか、誰に相談すればよいのか、見当すらつかなかった。本来であれば、こういう時にこそ、マネージャーの力量が問われる。だが、小山田にどう声をかけ、どう励ませばいいのか、正直、わからなかったという。電話口の事務局関係者が言った。
「そうですね。できればご本人がいいのですが、それが書けないのであれば、事務所からでもいいので、何かしらの発表をしたほうがいいですね。そう、声明文とか」
セイメイブン――。高橋は呆然とした。まさか自分の人生で、声明文を書く日が来るなどとは思わなかったからだ。
次々に寄せられる、見知らぬ人々からの抗議メール
この頃、事態はまたひとつ、新たなステージへ登っていた。Xのトレンド欄に「小山田圭吾」「いじめ自慢」が常時、表示されるようになったのだ。急転したのは、『毎日新聞デジタル』の報道だった。これをきっかけに先鋭的、攻撃的な投稿が増えた。事務所の代表メールには、見知らぬ人物からの抗議が、次々に寄せられた。
「非常に腹立たしい 常識にかけている 謝罪して辞退しろ」
「あなたの、人間の尊厳を貶める行為に吐き気を催します。オリンピックの名誉のために、どうか辞退してください」
「あなたが関与するという事実だけで、開会式を見ることができません。オリンピックは世界の人々が見ます」
なかには、被害者に謝罪しに行けというメールもあった。
「ちゃんと謝罪に行ってください。そして、それが実際に行われたことを紙一枚ではなく、写真撮影して公表すべきです。紙一枚で発表しても信憑性に欠けます」
これらはすべて、実名で書かれたものだった。
この日の夜を、高橋は忘れることができないという。住宅街に佇む一軒家の、物音ひとつしない部屋で、高橋は声明文を書くためにパソコンに向かった。
しかし、そもそも何を書けばいいのか。まったく見当がつかない。パソコンで「声明文」と検索してみても、当たり前だがテンプレートなど存在しない。「お騒がせして申し訳ありません」のひと言と、「一部事実とは違う部分がある」などしか書けず、その日は終わった。