前回まで「陸軍中野学校」シリーズを続けて取り上げる中で、改めて気づいたのは脚本家・長谷川公之によるプロットの見事さだ。その緻密さにより、スパイたちの諜報戦に緊迫感をもたらしていた。

 長谷川は警察官出身という珍しい経歴の持ち主で、それを活かして「警視庁物語」などの刑事ドラマを得意としてきた。その作風は日本の脚本家では珍しく、情に寄り過ぎない乾いたタッチを特徴としており、冗長なシーンのほとんどないタイトな構成とあいまって、フィルモグラフィにはクールな印象を与える作品が多く並ぶ。

 今回取り上げる『孤独の賭け』も、長谷川脚本の魅力を味わうことのできる作品だ。五味川純平の小説を原作とした本作は、一組の野心家の男女がたどる顛末が描かれる。

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1965年(96分)/東映/U-NEXTにて配信中

 物語は、洋裁店に勤める百子(佐久間良子)が夜の街で謎めいた紳士・千種(天知茂)と出会うところから始まる。千種としては一夜限りの関係を目的としたナンパに過ぎなかったが、百子は違っていた。千種が資産家だと知ると、洋裁店に投資して自身を店長にするように持ちかけたのだ。そんな百子に他と違う魅力を感じた千種は、彼女に言われるまま出資をする。

 千種はウットリするほどにダンディ。つまり天知茂の「いつも通り」といえる役柄だ。一方で面白いのは、百子である。佐久間の演じる役柄には珍しく、苛烈なまでに勝気で、ふてぶてしいほどのバイタリティの持ち主なのだ。

 たとえば千種と一夜を過ごした翌朝には、「タバコを取ってくれ」という千種の頼みを断り、「夕べのことは、夕べでおしまい」「お帰りになって」と帰してしまうなど、決して男になびかない、タフな姿が実にカッコいい。また、両親を苦しめた叔父夫婦に復讐を果たした際は、その娘(大原麗子)に「あたしが憎んだように、あんたもあたしを憎んでいいのよ。でも、へたばっちゃダメ」と言い放つ。

 セクハラ気味に迫るパトロンの氷室(春日章良)には「あたしを抱きたかったら、その気にさせたらどうなの」と言って形勢を逆転させ、落ちぶれた千種が借金を頼みに来た際には「あなたは今日、あたしが欲しくてここに来たんじゃなかったの?」と呆れる。――といった具合に、終盤になってもそのキャラクターがブレることはない。

 千種への想いとの間で揺れ動く心情も描かれてはいるのだが、さすが長谷川脚本。そこを掘り過ぎることで、ウェットな印象になるようなことには、決してしていない。

 そのため、百子は孤高さが貫かれた魅力的な人物として最後まで映ることになった。