今回は『女殺し油地獄』を取り上げる。
さて、ここで少し近況報告を。拙著『鬼の筆 戦後最大の脚本家・橋本忍の栄光と挫折』(文藝春秋)が大宅壮一ノンフィクション賞を受賞し、先日、授賞式が開催された。この仕事をしていると「これで一区切り」という感覚はなかなか味わえないのだが、ここでは珍しく、そんな達成感を得ることができた。また、十月刊行予定の次回作の初稿もつい最近、書き終えている。
そんなこんなで、十二年間抱えてきた「橋本忍」から少し解放された気分になった。
ところが、だ。
ふとAmazonのプライムビデオを眺めていたところ、オススメの欄に橋本忍脚本の本作が出てきたのだ。
え、いつの間に配信されていたの――。気づかなかっただけかもしれないが、これまでソフト化されていない作品なだけに、こうして配信で手軽に観られるようになったことは、実に喜ばしい。
ならば、ここで紹介しなければなるまい――。再び橋本作品と向き合うことにした。
本作は、近松門左衛門の原作を橋本が脚色した一本だ。舞台は元禄文化期の大坂。描かれるのは、天満の油問屋の息子・与兵衛(二代目中村扇雀)の奔放な暮らしと、そのために起きる破滅の物語だ。
橋本脚本といえば原作を換骨奪胎し、まるで別作品のように大胆に改変してしまうことが多い。だが、本作で驚かされるのは、人物設定に若干の変更はあるものの、大半が近松の原作通りに進んでいるということだ。
放蕩三昧の挙句に勘当された与兵衛が、やがて両親の温かい真心を知り、心を入れ換えようとする。だが、与兵衛は継父(二代目中村鴈治郎)の名義で多額の借金を抱えており、その返済に迫られていた。やむなく油問屋仲間の妻・お吉(新珠三千代)に無心するも、これまでの悪行のため、また遊びに使うのではと疑われてしまう。追い込まれ、与兵衛はお吉を殺す――。
終盤まで、本当にこれが橋本作品かと疑いたくなるほど、原作通りに話は進む。ただ、お吉殺しの直前に、ある仕掛けをしていた。それは、継父が借金を返している場面を挿入していることだ。この仕掛けにより、「与兵衛がお吉を殺す必要は全くなかった」という悲劇性がより強く迫ってくることになったのだ。
そこから与兵衛が贖罪のために選んだまさかの末路に至るまで、完全にオリジナル。全ての人間が悲劇に陥る橋本美学へと、作品世界は一気に染め上げられていく。近松をも飲み込む、橋本の技と業に触れると、まだまだ解放されたくない気にさせられる。