1988年(135分)/東宝/各種配信サービスにて/配信中(写真はDVD版)

 新しい一万円札が発行され、世間にも出回るようになった。

 ただ、新一万円札を手にして「あれ、渋沢栄一ってこういう顔だったか――」と拍子抜けした人もいるかもしれない。大河ドラマ『青天を衝け』を観ていた人からすると、吉沢亮の「爽やかなイケメン」のイメージがあっただろう。また、一部の映画ファンは、もっと威厳のある肖像を印象づけられていたかもしれない。

 というのも、今回取り上げる『帝都物語』に登場する渋沢栄一のインパクトがあまりに大きいためだ。この映画を観た人にとっては、「これこそ渋沢栄一」という強烈な印象が、脳裏から離れることはなかったのではないだろうか。

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 物語の舞台は明治末期から昭和初期にかけての東京。封印されていた平将門の怨霊の力を使って東京の壊滅を企む怪人・加藤(嶋田久作)と、東京を護らんとする人々との死闘が描かれる。

 実相寺昭雄監督らしい、トリッキーな構図や大正ロマンあふれる映像美。次々と登場する、加藤をはじめとする個性的なキャラクターたち。それらをノリノリで演じ切る平幹二朗、西村晃、島田正吾、大滝秀治、高橋幸治、中村嘉葎雄ら、ベテラン名優たち。――といった具合に、見どころの多い作品ではある。

 ただ、展開そのものは雑だ。長大な原作を詰め込んだため個々の人物やエピソードが掘り下げきれていないからだ。特に、将門の怨霊やそれを封印する一族の背景と、加藤がなぜこのような破壊を望むのかがわからないため、クライマックスに向かって盛り上がりに欠けてしまっていた。

 ただ、そうした難点をカバーしてあまりある存在がいた。それが渋沢栄一だ。本作で渋沢は「東京改造計画」という、東京を近代都市として再開発するプロジェクトの黒幕として冒頭から登場。劇中の描かれ方では見えてきにくいが、東京を守護する側の首魁のような立場にある。

 そんな渋沢を演じるのは、勝新太郎。オールバックの白髪に、同じく白い口髭。浅黒い肌に狂気をまとった眼差し、そして周囲を圧する、堂々たる貫禄――。葉巻をくわえながら座っているだけで、その姿には人間というよりは獅子の王に近い迫力がある。そのため、異形の者たちやロボットや怨霊など、本来なら絶大なインパクトのはずの劇中に登場する存在の全てが、虫ケラに見えてきてしまうのだ。

 それは、強大な力をもつ加藤どころか、将門の怨霊ですら例外ではない。渋沢の存在そのものが、東京の地鎮の役割を果たしている――そう思えるほどの威厳だ。

 本人以上に、一万円札がよく似合う風格があった。