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連載春日太一の木曜邦画劇場

別々の4人の物語が終盤で一つに。これが「まくり」の橋本の腕力だ!――春日太一の木曜邦画劇場

『七つの弾丸』

2023/12/26
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 橋本忍といえば、『砂の器』『八つ墓村』などにおいて、原作の内容をガラリと変えて自分の色に染め上げる豪快な脚色をしてきた。ただその一方で、キャリアの前半ではオリジナル脚本でも名作を数多く残しており、脚色だけでなくゼロからの創作においても類稀な技量を見せつけている。

 今回取り上げる『七つの弾丸』も、そんな橋本のオリジナル脚本の一本だ。これまでは名画座や衛星放送でごくたまにだけ観ることができていたレア作品だったが、これも現時点ではU-NEXTで視聴可能になっている。

1959年(89分)/東映/U-NEXTにて配信中

 本作は群像劇として進む。

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 銀行襲撃に向けて綿密な計画を立てる強盗・矢崎(三國連太郎)。子だくさんの出稼ぎタクシー運転手・竹岡(伊藤雄之助)。昇進試験を目指す交番巡査・江藤(高原駿雄)。弟を事故で失い、老母を養わねばならない銀行員・安野(今井健二)。主要な人物は、この四名だ。

 物語の前半は、四名それぞれの抱える背景が丁寧に描かれる。その四つのドラマは決して交わることなく進行していく。だが、一見すると全く関係なく、別々に動いているように思える話は、実はやがて迎える「ある一日」へ向かって静かに進んでいた。

 それは、矢崎が銀行強盗を決行する日だった――。

 それまで完全に平行して進んでいた物語が、終盤の銀行強盗の場面を前後して、一つに集まる。それと同時に、前半までの淡々とした展開が突如ヒートアップ。そこからは怒濤の勢いでエンディングまで一気呵成に押していく。

 この終盤になって一気に加速する構成は、『切腹』『ゼロの焦点』『日本のいちばん長い日』『日本沈没』『砂の器』などの代表作でも使われた、橋本が最も得意とするところ。橋本が愛した競輪における「ラスト一周」の盛り上がりを参考にした、「まくり」という独特の技法である。

 この構成が本作でも功を奏し、終盤になって次々と起きる悲劇の連鎖が観る者を圧倒していく。被害者・加害者双方の背景を前半に丁寧に描き込んでいたために、それぞれの命が容赦なく押し潰される様が、ひたすら痛切に際立つことになったのだ。

 そして多くの橋本脚本と同じく、本作もまた後味の悪い余韻を残して物語は終焉を迎える。矢崎は空しく死刑に処され、被害者遺族たちにはあまりに過酷な現実が残される。どれ一つの命として、全く報われない。この理不尽さこそ、橋本脚本の真骨頂だ。

 人間の宿命を緻密な構成によって巧みに紡いで操る――。そんな橋本の腕力はまるで神の成す業。それをとことんまで味わえる作品である。

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