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「一度くらい国を失くしてみたらどうだ」〈『日本沈没』に世界が注目〉小松左京の〝遺言〟とは

2021/11/28

※本記事は「文藝春秋」2021年12月号に掲載された太田啓之氏「『日本沈没』小松左京の遺言」の冒頭部分を転載したものです。

 生誕90年、没後10年を迎えたSF作家・小松左京が今なお熱い。昨年には、新型感染症のパンデミックで人類が滅亡する危機を描いた長編SF「復活の日」(1964年)が「コロナ禍を予言した」と注目を集め、ネットフリックスで「日本沈没」がアニメーション化された。そして現在は、TBSが小栗旬、松山ケンイチ、香川照之らの豪華キャストで「日本沈没―希望のひと―」を放映中だ。こちらもネットフリックスが全世界に配信しており、同社が小松の「日本沈没」を、「世界的に通用する日本発のコンテンツ」と見なしていることの表れだろう。

「日本沈没」は1973年3月、その約半年後の石油ショックによる高度成長の終焉を予言するかのように刊行された。作品の終幕近く、沈没の危機をいち早く察知し、国民を国外に脱出させる道筋を作った田所博士は、沈みゆく日本列島と運命を共にすることを決意する。そんな田所に、政財界の黒幕・渡老人はこう語りかける。

1973年版映画『日本沈没』会見に出席する小松左京氏(右)

「日本人全体がな……これまで、幸せな幼児だったのじゃな。二千年もの間、この暖かく、やさしい、四つの島のふところに抱かれて……外へ出て行って、手痛い目にあうと、またこの四つの島に逃げこんで……子供が、外で喧嘩に負けて、母親のふところに鼻をつっこむのと同じことじゃ……。(中略)だがな……おふくろというものは、死ぬこともあるのじゃよ……」

「生きて逃れたたくさんの日本民族はな……これからが、試練じゃ……。(中略)外の世界の荒波を、もう帰る島もなしに、わたっていかねばならん……。いわばこれは、日本民族が、否応なしにおとなにならなければならないチャンスかもしれん……」

 渡老人の言う「母親のふところのような日本」は、現実世界でもすでに半ば以上「沈没」していると言っていいだろう。19世紀に入り、急速な技術発展・工業化で、欧米の船がたやすく日本を訪れ、軍隊を送れるようになると、日本人は「日本列島にぬくぬくと引きこもる」という選択肢を永久に失った。幕末以降の日本史は、海外の脅威と直面せざるをえなくなった日本が自立を目指してもがき、挑み、あがき、戦い、敗れ、米国主導の世界秩序へと組み込まれていった過程といえる。

日本人は「おとな」になれるか

 21世紀の現代では米国のプレゼンス低下が続き、中国の台頭が著しい。気候変動の深刻化で自然災害が続発し、日本の穏やかな四季は過去のものとなった。日本列島は地震の活動期に入り、首都圏直下型地震の到来も確実視されている。