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連載春日太一の木曜邦画劇場

恐ろしいまでの「作家の業」。鶴屋南北の姿が橋本忍に重なる――春日太一の木曜邦画劇場

『白扇 みだれ黒髪』

2023/12/19
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 橋本忍は名作として広く知られる映画の脚本を数多く書いてきた。ただ、実は結構な多作でもあり、そのフィルモグラフィの中には有名ではない作品も少なくない。

 そうした映画は、名画座や衛星放送で稀にかかる時にしか観る機会はなかった。それが今では、配信プラットフォームのU-NEXTでかなりの数が観られるように。

 今回取り上げる『白扇 みだれ黒髪』も、そんな一本だ。

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1956年(84分)/東映/U-NEXTで12月31日まで配信

 本作の原作は邦枝完二で、鶴屋南北(坂東簑助)が田宮伊右衛門(東千代之介)と出会い、それをキッカケに『東海道四谷怪談』を着想していくという物語になっている。

 これが実に橋本脚本らしい内容だった。橋本作品は、容赦ないまでの理不尽に苛まれる人間たちの悲劇が大半だが、本作もまたそうなのだ。

 本作での伊右衛門は旗本という設定になっている。自堕落な生活を送り、強請り、たかり、辻斬り、さまざまな悪事に身を染めながら、金を巻き上げていく。それを悠然と成し遂げる伊右衛門の様を見て興味を抱いた南北が、彼を題材に物語を創ろうとするところから物語は始まる。

 やがて南北は、伊右衛門が元は律義者で清廉潔白な旗本だったと知る。なぜ彼は闇に堕ちることになったのか。作家としての興味から、南北はこれを探ろうとする。

 そして明らかになるのは、伊右衛門と妻・以和(長谷川裕見子)の妹・以志(田代百合子)が思い合っているという事実だった。二人の道ならぬ恋は人々を巻き込み、南北も傍観者の立場のままではいられなくなってしまう。

 といっても、全体的には不義密通モノのメロドラマで、物語自体は決して珍しいものではない。だが、それが終盤になって一気に恐ろしい展開を見せてくるのである。

 以志を守るために人を斬った伊右衛門は捕り方に追われ、やがて二人は心中する。それまで二人のことを疑いもしなかった以和は二人の亡骸を前に強い衝撃を受け、そのまま川に転落。命を落とす。

 問題は、ここからだ。

 無残な以和の遺体を見て、南北は突如として「これだ!」と叫ぶのだ。そして、嬉々として駆け出す。この時、南北の中で「無残な以和」から「お岩の亡霊」が浮かび、それが『四谷怪談』となる――。

 これまで親身に接してきた以和が非業の死を遂げたにもかかわらず、物語の着想が閃いたら嬉しくなる。そこには、他人の不幸を糧に創作する、「作家の業」が恐ろしいまでに映し出されていた。そして、そんな南北の姿が、理不尽に苛まれる人々の悲劇ばかりを描いてきた橋本自身の姿に重なって見えてならなかった。

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