1968年(89分)/KADOKAWA/3080円(税込)

 今回は『陸軍中野学校 開戦前夜』を取り上げる。前回の『雲一号指令』と同じく、市川雷蔵の演じる諜報員・椎名次郎の活躍を描いたシリーズの第五作だ。

 時は一九四一年の十一月。タイトルの通り、日米の開戦を目前にした時期である。

 椎名が香港で得た情報により、対米交渉の期限を定めた御前会議の内容が連合国側に漏洩したことが判明する。誰がスパイで、どのようなルートで情報は伝達されたのか。それを突き止めるのが、今度の椎名の任務である。

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 本作はシリーズでも屈指の緊迫感に貫かれている。序盤から椎名がスパイの嫌疑をかけられて猛烈な拷問を受けるなど、相手もこれまでのシリーズで最強クラスの用心深さで立ちはだかり、その情報網も複雑で難解。井上昭監督による、陰影の強いスタイリッシュなモノクロ映像とあいまって、全く緩みのないサスペンスを創出している。

 緊迫感を生み出す上で効果的だったのは、その構成だ。対中戦線の膠着や日米交渉の難航といった、日本がやがて破局的な状況へと向かう端緒となる実際の時代動向と物語を同時進行させているのだ。

 開戦へ向けて刻一刻と動く状況を詳細に描写したことで、諸々の事態のままならなさが生々しく伝わってくる。そのため、極秘情報の漏洩を防ごうとする椎名と、得んとする敵側、双方に課せられた任務が、ともに必死にならざるをえない諜報戦として、スリリングに盛り上がる。

 それから、時代状況を細かく追った構成のもたらす効果はもう一つある。

 それは、観る側は日本の迎える「最終的な結末」を把握した上で本作に接しているということだ。つまり椎名たちがいくら活躍しようとも、全ては無に帰すということも知っているのである。作り手側も、そのことを意識していたのだろう。結果として、作品全体を重苦しい暗さが覆い、非情な任務の中で命を落としていく諜報員たちの運命が、より痛切なものとして映し出されることになった。

 日米開戦と、それにともなう戦線の拡大。スパイたちの役割も変化していかざるをえなくなる。そんな、今後に向けた不穏な余韻を残して、本作は終幕する。だが、このシリーズはこれで最後になり、続きが作られることはなかった。雷蔵が本作の翌年に亡くなったためだ。

 もし雷蔵の命が続き、「終戦」まで描かれるとしたら、どのような内容になっていたのだろう――。その後の日本では本シリーズのような戦争スパイ映画が作られなくなった状況を踏まえても、そう夢想したくなってしまう。