「好きで好きでたまらない男を撮った写真なんてむらむらくるにきまってるよね」そう言いながら友人のKちゃん(36)が取り出したのは神藏美子さんの『たまもの』だった。

 この本は写真家・神藏美子さんの私生活を写真と日記で綴ったもの。坪内祐三さんとの暮らし、末井昭さんとの不倫、その後末井さんと結婚するも、坪内さんとも続く繋がり、その二重生活が余すところなく描かれている。

©犬山紙子

 Kちゃんがペラペラとめくりながら「この末井さんの写真を見て。特に色男とかではないはずなのにすごくむらむらくるよ」と見せてくれる。そこには電車の椅子に座って、口を開けて寝ている中年男性の姿が映っていた。

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  ムアッと過去自分に過ぎ去って行った色恋が浮かび上がる。恋愛の一番いい時の浮かれている気持ちよりも、心が通い合わないと感じた時の辛さや、別れる直前の布団の中でもんもんとしつつ喉に菓子パンが引っかかっているような気持ちが湧いてくるのだ。

「性や恋愛のいいことばかりじゃない。その先の心が押しつぶされるような気持ちも書かれてる。そこまでしなくて良いんじゃないの? と思うほど」読み進めると確かにとても苦しい。あまり自己主張をしない夫との暮らしの中自分の自我だけが野放しになって、ヒステリックになって、依存してしまう感じ、元夫と夫との三角関係が特別な関係と思った矢先に元夫に恋人ができて嫉妬してしまう気持ち。忘れようとしても情が邪魔する。

 坪内さんの写真もたくさん出てくる。知的で美しい男性、だけれどもその中の「空(くう)をみている坪内祐三 Fマンション」と書かれている彼の目には苦しみが宿っているように見える、ものすごく魅力的だ。

「スゥーと空気みたいになる末井さん 成田に向かうホーム」と書かれている写真の末井さんの目と口の開きも透明で少し怖く感じてしまう、こちらも魅力的だ。

 2人の男性の気持ちよりも表紙になっている神藏さんの泣いている顔が浮かんでくる。写真を通して神藏さんの気持ちがどんどん自分に溜まっていく、自分がどうかなってしまうような感じ。この本に動揺してしまう。

 最後、「『人生はセンチメンタルなものだ』『たまもの』はそのことをわたしが経験するドキュメンタリーである。人生がセンチメンタルなものだとわかることは、たとえ泣いても、経験しなければよかったということではない。愛があるから、センチメンタルになるのだ」と綴られている。その言葉で私を通り過ぎ去っていったセンチメンタルが成仏したような気がするのだ。