「すみませんが今できないんですよ」
カウンターを挟んで目を見合わせる2人。ごめんなさい、ご迷惑おかけしました。しどろもどろで謝ると、店員さんは教えてくれた。
「前はできたんですけど。みかん氷は大事な名物だから、アレンジ禁止になったみたいです」
みかん氷は大事な名物。すこし残念だったけれど、なんだかちょっと感動してしまった。
先程の新聞記事では、あまり知られていないみかん氷の作り方にも触れられている。なんでも、シロップは缶詰そのままではなく調合された特製品だという。さらに器に盛る順番はシロップ、氷、再びシロップ、みかんと決まっていると。甘すぎずさわやかに食べきれるように。みかんを乗せても沈まないように。最後まで味のついた氷を食べられるように。そんな思いでさまざまな工夫が込められているのだという。なにそれ知らない。あらためて注文して食べたみかん氷は、確かにシンプルながらそんな工夫が詰まっているようにも、いつもと同じようにも思えた。こんな味だったっけな。
ベイスターズが目指す姿を30年間ずっと示してくれているのである
思えばみかん氷が発売された1994年はベイスターズになって2年目。それから30年、みかん氷の歴史はほぼベイスターズの歴史だった。選手や監督、ファンが去っても、親会社がDeNAになり、「コミュニティボールパーク」を掲げて横浜スタジアムを改修しても、ずっと変わらず横浜スタジアムにいた。だから、ともすると1998年の日本一以降のベイスターズの苦難の歴史や「変わらなさ」の象徴として半笑いで語られがちだったりもする。わたしもそうだ。みかん氷は、確かに「かき氷に缶詰のみかんをのせた」ものだ。しかし、決して「かき氷に缶詰のみかんをのせただけ」のものでもなかった。逆さみかん氷どころか、みかん氷のことも、わたしはなにも知らなかった。
横浜スタジアムによると、販売開始した時からレシピや材料に変更はなく、当初から同じクオリティで提供し続けているという。最初から完成されているから、変える必要はない。豪快に見えて、中にいろいろな工夫が込められている。最初のみかんから最後の氷まで、みかん氷という試合をしっかり勝ちきることができる。逆さみかん氷に頼る必要はない。みかん氷は、変わらないベイスターズの象徴ではなく、ベイスターズが目指す姿を30年間ずっと示してくれているのである。熱いぜ、みかん氷。そう、継承と革新とは、みかん氷のことだったのだ。ほんとかよ。
でも、度会隆輝プロデュースのチョコパフェを食べながら、度会の手に汗握る守備と手汗で溶けるソフトクリームを見ていると「ほら、ソフトクリームじゃなくて、みかんが沈まないように固めた氷みたいに……」と思ったりしてしまう。大きなお世話だ。とはいえ、チョコパフェにはチョコクッキーがのっていて、溶けたソフトクリームをすくって食べるにはちょうどいいバランスで、みかん氷の「さわやかに食べきれるように」という思想が継承されているような気がしなくもない。がんばれ度会。チョコパフェ美味しかった。みかん氷も似合う選手になってくれ。たくさん食べるからさ。逆さみかん氷はもう頼まない。
でもやっぱり、ちょっとだけ、食べてみたい。
*朝日新聞2013年5月17日朝刊東京都版 街かどグルメ「みかん氷」(横浜市)横浜スタジアムの不変の味
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