結局、3輛は四嶺山の山麓まで戻った。周囲の草原には20名ほどの日本軍の歩兵がいた。彼らは兵舎で寝ていたところを急襲された兵たちということだった。その中の1人が小田の上官にこう言った。
「拳銃を貸してください。陛下よりいただいた小銃を置いてきてしまったので、申し訳なく、自決します」
小田らは、
「もう戦争は終わっているんだ。心配するな」
と説得を試みたが、その兵士は「申し訳ない」の一点張り。結局、根負けして戦車内に置いてあった歩兵銃を手渡した。以後、その兵士がどうなったか、わからない。
小田たちはその後、中隊の駐屯地まで戻り、改めて戦闘準備を整えた。小田はまず水を補給しようと2本の水筒を持って炊事場に走ったが、係の班員がお湯を沸かしていなかった。水筒には必ず煮沸済みの水を入れることになっていたのだが、混乱の中で班員が準備していなかったのである。小田は仕方なく小川の水を汲み、水筒に征露丸を2粒ずつ入れた。
時刻は午前5時頃となっていたが、朝飯も用意されていなかった。古参の曹長が炊事班長に聞くと、
「中隊長の命令でないと食糧倉庫は開けられない決まりになっている」
との返答。曹長は、
「中隊長は今、偵察内容を各部に必死に報告している。飯のことなど炊事班の考えで決められるだろう。飯も食わせずに兵を戦場に出す気か」
と怒鳴ったが、炊事班長はそれでも倉庫の鍵を渡さない。するとついに曹長は拳銃を抜き、
「お前を殺して鍵を取るから覚悟せい。そこに直れ!」
と叫んだ。事ここに至り、炊事班長はようやく鍵を渡した。曹長は周囲に、
「食べ物を好きなだけ積み込め!」
と指示を出した。小田は言う。
「私は四嶺山の山麓で出会った兵隊たちにもいろいろ持っていってやろうと思い、羊羹、きびだんご、キャラメル、飴、乾パンなどを戦車内に運び込みました。上官から『お前は戦場で店でも開くつもりか』と笑われましたよ」
「敵でいっぱいだ!」
こうして小田らは四嶺山方面へと再び向かった。第4中隊は11輛の戦車から成っていたが、途中で他の中隊と合流。池田末男連隊長の乗る連隊長車も見えた。
やがて激しい戦闘が始まった。敵の装備や軍服から「相手はソ連軍」と判明した。これが小田にとって、生まれて初めての実戦だった。
「不思議と落ち着いていたように思います。物怖じもなくカッカもしない。冷静でもないけれど、やるべきことをただやるだけという感じです。しかし、そのうちに戦車が低木のハイマツなどが茂る地帯に入り込んでしまって。枝などをなぎ倒しながら進むのですが、葉っぱで前方が何も見えなくなってしまいました」
狭い戦車内に車長の声が響いた。
「目の前は敵でいっぱいだ! 小田、すぐ撃て!」
「何も見えません!」
「どこでもいいから撃て! 連射しろ!」
小田は夢中で機関銃の引き金を引いた。
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本記事の全文は「文藝春秋 電子版」に掲載されています(早坂隆「証言・ソ連を北海道から撃退せり」)。