『緋あざみ舞う』(志川節子 著)文藝春秋

 江戸の市井の人々を情感豊かに描いてきた志川節子さん。最新作『緋あざみ舞う』は、これまでの市井ものの味わいもありつつ、主人公の美人姉妹が“盗賊”という、さらにエンタメ度を増した新境地となった。

「漫画の『キャッツ・アイ』を読み返していて、こういう三姉妹の話が書けたらなと思ったんです。その時に反射的に思い出したのが渡辺淳一さんの『化粧』でした。祇園の料亭の家に生まれた美しい三姉妹の物語ですが、この作品のように三者三様の恋愛模様を描けたら楽しいだろうな、と」

 向島の船宿「かりがね」を営む姉妹はいずれ劣らぬ美しさで評判だが、その正体は“緋薊(ひあざみ)”を名乗る盗賊だった。姉のお路は男嫌いだが、盗みに入る先の関係者を籠絡する手管に長けており、妹のお律は小太刀の名手。時に盗賊の頭目・綱十郎の一味にも加わって盗みをはたらいている。

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 2人には、幼い頃に失明したお夕という妹がおり、師匠の家に住み込みで箏や三味線の修行に励んでいた。

「お路は長女としての責任感が強く、船宿の女将として商売のこともしっかり考えていて、そんな彼女に言い寄る客も多い。お律には恋人がいますが、正体がバレる前に手を切るようにとお路に言われている。まだ若いお夕も、姉2人とはまた違った環境の中で淡い恋を経験する。姉妹それぞれ、その年齢ならではの恋愛事情もありますし、好きなパターンを詰め込みました(笑)。正体を隠しているために生じる恋愛の切なさは書いていて楽しかったのですが、盗賊という設定にしたものの、何をどう盗ませたらいいのか考えるのが難しくて……。最初は盗みのシーンを考えるのに苦労しました」

 三姉妹の父・久右衛門は、石州浜岡城下で廻船問屋「黒川屋」を営んでいたが、10年前に不可解な死を遂げていた。父の死にまつわる手がかりを見つけたお路とお律は、その死の謎を解き明かそうと立ち上がる。

「父親の過去にまつわる部分に関しては、天保の頃に私の地元・島根で起きた竹島事件をモデルにしています。ただ、最後の決め手となる要素がなかなか決まらず、執筆が途中で止まってしまったんです」

 しばらく書き進めないままになっていたが、幕末にパリ万国博覧会に参加した「博物館の父」・田中芳男の生涯を描いた『博覧男爵』の執筆が、状況を打開するきっかけになった。

「『博覧男爵』を書いたことで、海を通じていろんなものが巡って来るという感覚や、日本と海外の繋がりがわかるようになり、“これだ”というものが見つかりました。それを生かすために、当初の設定から時代も少し変えました」

志川節子さん

 姉妹が辿り着いた真相とは。そして、父の死の理由を知り、彼女たちがとった行動とは――。

 一方、三姉妹それぞれの先行きも気になるところ。志川さん自身は弟と2人きょうだいで、痛い所をつき合うやりとりや、それぞれの恋愛に触れたり触れなかったりする距離感など、姉妹の雰囲気は想像しながら書いたという。

「お路とお律の会話はだんだん自然に出てくるようになって、書いていて楽しかったですね。一番書きやすかったのはお律です。恋人がいるけれど一緒になることはできない。それでもやっぱり好き……という状態が続きますが、最終的にどうするかは決めていなかったんです。この関係はこの先どうなるのだろうと、自分がお律になったような気持ちで書き進めていました」

 江戸を騒がす緋薊姉妹の活躍、とくとご覧あれ!

しがわせつこ/1971年島根県生まれ。早稲田大学第一文学部卒。2013年、『春はそこまで 風待ち小路の人々』が直木賞候補に。他の著書に『花鳥茶屋せせらぎ』『煌』『博覧男爵』『アンサンブル』、「芽吹長屋仕合せ帖」シリーズなど。