「俺は落語という仕事だけで食べていけるんだろうか」
喬太郎 想像でしかないけれども、落語イコール古典芸能みたいな空気になったのは戦後だと思うんですね。ラジオ、テレビが娯楽になった時代の大衆の多くは、古典芸能としての落語とは違った「面白いもの」たとえば、戦後すぐジープにはねられて亡くなった“爆笑王”三遊亭歌笑師匠だったり、新作落語『綴方狂室』が有名な先々代の柳亭痴楽師匠だったりを求めたんだと思うんです。先代の三平師匠、圓歌師匠も象徴的ですよね。爆笑系というか。そうした新しい人たちと、四代目橘家圓喬のような古典の名人を、どちらも面白いねって柔軟にとらえてくれればよかったんだけれども、「そういうものじゃないよ、落語ってものは」という反動みたいなもの、落語芸術至上主義みたいな風潮が、「古典落語こそ落語」という空気をつくってしまったんだと思う。
東出 新しいものと、古典が、ちょっとこじれちゃった感じ。
喬太郎 そうです。で、そのこじらせ系落語観みたいなものが全て、どっかに行っちゃったんですよね。そこに、『タイガー&ドラゴン』(2005年)があり、朝ドラの『ちりとてちん』(2007〜08年)があり、僕らのSWAという新作落語ユニット結成があり、志の輔師匠のようなマルチな才能を発揮される方が出てきたりして、まっさらな状態で楽しんでくれる「なんか落語、面白いじゃん」的なファンが増えてくださったんじゃないかな。ここ数年の落語ブームって、そういう感じに思ってるんです。
東出 そうなんですね。納得です。
喬太郎 でも30年くらい前、ぼくが前座のころなんて、通常興行で寄席が満員になるのは志ん朝師匠だけでした。「俺は落語という仕事だけで食べていけるんだろうか」という不安ばかりでしたよ。だから、先輩に教わって、忘年会とか新年会の余興にも行きました。なぞかけもやったし、大喜利もやったし。
人間国宝・一龍斎貞水先生がキャバレーで怪談したころ
東出 落語だけを修行していたわけではないんですね。
喬太郎 ええ。先輩方、今の大師匠方だって若い頃は、そういう落語以外の修行を積んできたんですよ。僕の師匠のさん喬なんて、ああいう淡々とした芸風だけど、ビンゴゲームの司会がうまいんですよ。
東出 えっ、意外です!
喬太郎 いっぺん見ましたけど、うめえうめえ(笑)。講談の人間国宝、一龍斎貞水先生だって、キャバレーで怪談演ったことがあるって、お話伺ったことがありますよ。
東出 キャバレーで怪談ですか?
喬太郎 そう。女の子が「キャー、こわい〜」ってお客さんに抱きつくための“仕掛け”として重宝されたみたいで(笑)。
東出 あはは。今も前座、二ツ目の噺家さんは、そういうお仕事も掛け持っているんですか?
喬太郎 いまは、そういう仕事自体が少ないんですよ。でも、落語ばっかりやってると足腰の弱い芸人さんになっちゃうよ、という気はしますよね。噺家としてはいいけど、芸人としてはどうなの? って。