チェコの伝説的なアスリート、やり投げのダナ・ザートプコバー

 ヨーロッパのほぼ中央に位置するチェコ共和国は人口1083万人。けして大きくはない国だが、どの時代にも世界トップレベルのスポーツ選手を輩出してきた。

 さかのぼれば1952年のヘルシンキオリンピック。陸上男子5000m、10000m、マラソンの長距離3種目をすべてオリンピック新記録で優勝するという空前絶後の記録を残したエミル・ザートペック。当時チェコスロバキア・ズリーン市の製靴工場で働いていた彼は、ある日突然、上司から命じられて陸上選手となったが、1948年ロンドン、1952年ヘルシンキとオリンピックで陸上の長距離種目に出場し、金4銀1のメダルを獲得した。苦しそうな表情で走る姿は「人間機関車」と称され、その偉業は世界中を驚かせた。

 このザートペックの妻であるダナ・ザートプコバーが、やり投げの代表選手だった。エミルとまったく同じ生年月日である彼女は、エミルが5000mで金メダルを獲得したその日、わずか30分後に女子やり投げで金メダルを獲得した。この運命的な二人は、2021年に映画に描かれるほどのチェコの伝説的なアスリートであり、このダナこそがチェコの陸上やり投げの歴史を支えてきた人物である。

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エミル・ザートペックとダナ・ザートプコバー(映画「ザートペック」のインスタグラムより)

チェコやり投げ界の“後進の育成”

 1962年に現役引退してから2020年に亡くなるまで、ダナはチェコやり投げ界で後進の育成に力を注いだ。

 1992年からオリンピック3連覇を果たした男子やり投げのヤン・ジェレズニー。1996年に出した世界記録98.48mは、いまなお破られていない金字塔だ。やり投げ選手の両親のもとに生まれた彼には、幼い頃からザートペック夫妻と家族ぐるみの付き合いがあった。ジェレズニーはかつて父とエミルがワインを飲みすぎてダナに隠されたことがある、という微笑ましいエピソードも披露しており、現役時代にはチェコ代表の投てき種目の統括をしていたダナから、コーチとしての助言を数えきれないほどもらったと回顧している。

 そのジェレズニーがコーチとして育てた女子選手がバルボラ・シュポターコバー。北口も、自らが尊敬する選手として名前を挙げている。2008年北京、2012年ロンドンの2大会で金メダルを獲得し、彼女もまた72.28mという女子やり投げの世界記録保持者である。シュポターコバーもダナ・ザートプコバーと親しく、いつも試合前にはダナと会ってパワーをもらっていたという。

 こうした輝かしい歴史的スロワーたちに続くチェコ選手たちの成績は、ここ10年ほど見劣りするものだったことは否めない。2021年の東京五輪では、男子のチェコの選手が銀と銅の2つのメダルをとったものの、このときすでに両選手とも30代であり、チェコの指導陣はつねに若い才能を探していた。