「あった! あった! 小屋があったぞー!」
夢中で下りだした。小屋より下手に下りるのだけは危険だから、なるべくテント場寄りに下りなければならない、それだけを思って下った。
台風前であったら、どこをどんな風に下っても、それは探検となり、地形を知るうえでは十分意義もあったが、小屋を押し流すほどの大水が出た以上、どこで危険な箇所が口を開けて待っているやもしれず、むやみには下れない。
歩いているうちに沢に出合った。源流近くらしく、あまり水は出ていない。登る時に渡った沢ではないが、手がかりができた。その沢がどの辺に落ち出て野呂川と合流しているのかはわからないが、歩き回った感じでは、テント場に流れ出ている沢のように思われた。時間がない。何度も渡ったり戻ったりしたが、その沢を下ることにした。賭けであった。もし小屋下手の沢だったら危険この上ない。一度探険した時にそう思ったものだった。
下りだしてしばらくして、木の間から対岸の山容が見えた。雲が切れ始めており、ガスも上がり始めていた。見覚えのある山容だった。両俣小屋真ん前のものに相違ない。一目散に下った。川が見えた。濁流が谷幅いっぱいに勢いよく走っている。
左方にトラバースしようとして左下をひょいと見ると、濃いエンジ色の両俣小屋の屋根が見えた。
「あった! あった! 小屋があったぞー! わーっ! わーっ! 小屋があったぞー!」
裏手の高地から見下ろすと小屋は表戸の方に少し傾き、裏戸口の方はすっかり持ち上がって基礎の部分が見えている。一面河原と化し、いまだに濁流が渦巻く中に、しぶとく力強く残っていた。濁流は小屋の周囲だけではあき足らず、小屋の中まで土石を運び込み、小さな渦を巻きながら平気な顔で流れ出て来る。小屋にしっかりついていた台所もひしゃげており、しかも3メートルほど流されていた。小屋の裏に置いてあった8個のガスボンベは1個もない。うち二つにはまだガスが入っているのだ。そのボンベたちはどこをどう流れていったのだろう。1個もなかった。
小屋は傾いていて濁流に包まれてはいるが、屋根を上にして立っている。2階は無事だ。2階には毛布もマットレスも、彼らのシュラフもある。十分に温まって体を休めることができる。
約束の時間はとうに過ぎているはずだった。濁流の中の小屋を後にしてみんなのところへと急いだ。