1ページ目から読む
4/4ページ目

そして雨はようやくやんだが…

 昨夜25人が逃げた道はしっかりついていた。しかもところどころにKさんのザックからこぼれ落ちたと思われるチーズや缶詰があった。この道に間違いない。この道を登ればみんなのところへ行き着く。

 落ちていた物を拾いながら急いで登った。早くみんなに小屋があったことを知らせたい。ラジオを捨てたあたりから「オーイ、オーイ、オーイ」と叫びながら登る。それにしても急登であった。気ははやるのだが急すぎてかけ登れない。

「オーイ、オーイ」

ADVERTISEMENT

 しばらく登り、明け方までみんなで過ごした場所に着いたあたりから返答があった。みんなだけで仙丈ヶ岳へ向けて出発していたらどうしようと思っていたが、まだいた。そして3人ほど下って来た。拾った物を彼らに渡し、さらにみんなのところに急いだ。

 いつでも出発できる体勢で全員が整列していた。NさんもMさんもしっかり立っていた。

「小屋があった。傾いているけど2階は使える。1階は水びたしでだめだ。まだ濁流の中だけど、2階には毛布もあるし、シュラフもあるし。みんなどうする」

土石で埋まった両俣小屋裏口(1982年8月撮影)

 Tさんが代表して即答する。

「みんな疲れている。一度小屋に戻って休んだ方がいいと思う」

 Tさんの背後でみんなもうなずく。

「ヤッター、ヤッター」

「みんな元気ィ」

「2階に私たちの食料がある!」

 口々に言いながら下り始めた。急に活気が出てきた。みんなの口から明るい口調でポンポン言葉が出てくる。

「ヘー、こんな急なところを登ってきたのかよ。今じゃとても登れんぞ」

「S、おまえよく登ったな」

「夢中ってのはこわいなあ」

「オイ、ここ気をつけろよ」

「イヤー、よかった、よかった」

 雨はようやくやんだ。8月2日、午前9時10分であった。