ぼくら2人の最後の会話
亡くなる前日、同じように「嬉しい言葉を聞かなきゃ帰れないよ」と言ったけれど、そのときは返事がもうなくてね。
ぼくは大声で言った。
「あ、そうだ。俺もありがとうだった。スミちゃん、ありがとうね」
ぼくの声が聞こえないのか、聞こえているのか。でも、来るべき時が来たんだ、って思った。
「スミちゃん、帰るからね。ありがとう」
そうしたら、彼女はかすかに首を横に振ったんだ。
それがぼくら2人の最後の会話だ。
今もずっと考えてる
あのとき、彼女が首を振ったのは、どういう意味だったんだろう? と今もずっと考えてる。
ぼくが自分のいいように解釈すれば、「『ありがとう』と言うのは私だよ」って意味だったのかな。
義妹も「そうに違いないよ」とは言ってくれたけれど、ひょっとしたら「あんたに『ありがとう』なんて言われたくないよ」という意味だったのかもしれない。
どちらにせよ、そんな日々を振り返るとき、ぼくは思うんだ。これはぼくらの「ありがとうの物語だったんだな」って。
義妹によれば、スミちゃんは入院するとき、いつも必ず1つだけ持ってきたものがあったという。
それはお化粧道具で、寝たきりになってからも、ぼくがお見舞いに来る日になると、眉毛だけは描いてもらっていたそうだ。ぼくが家に帰るとき、必ずお化粧をしてくれていたように。
スミちゃんはそんなふうに、最後までぼくのファンでいてくれた。そして、優しい3人の子供たちを、しっかりと育てた母親でいてくれた。
だから、やっぱり最後にぼくはこう言いたいな。
スミちゃん、ありがとうね、って。