「埼玉って浦和レッズの本拠地だろ?」
「ここは埼玉県っていうんですよ」
バスのなかで世間話を試みた私に、王さんからは「ああ、埼玉って浦和レッズ(浦和紅鑽)の本拠地だろ?」と解像度が高めの返事がきた。その後、私は知識不足で聞き取れなかったのだが、同行していたジャーナリストの高口康太さんによると「三笘はやばい」「久保のテクニックは」と熱い日本代表トークが続いたらしい。王さんのWeChatのアカウントを見せてもらうと、アイコンも欧米人の選手(たぶん有名っぽい)だった。相当なサッカー好きだ。
代表トークがよくわからないので、同じくサッカーに興味がなさそうな奥さんに話しかける。「これ、明代の服装なの」と話す彼女が着用する漢服は、2000年代なかばから中国で急速に広がった漢民族の伝統衣装だ。現代中国では街角で着用する若者もいるほど流行している。
漢服はもともと漢民族ナショナリズムと関係が深く、流行の背景には習近平政権下の愛国宣伝を背景にした「国潮」(中国風のファッションブーム)も大きく関わっているのだが、着用している人たちはそういう事情をあまり深く考えてはいない。
奥さんも「あとは魏晋(三国志の時代)と宋代の衣装を持っていて……」と無邪気だ。ちなみに彼女の衣装は、スカートと中に着る服と上着の3点セットで800元(約1万6000円)。もっと高そうに見えたが、和服とは違い近年になって復活した「伝統衣装」なので、意外とリーズナブルなのか。
日中の装備と物価、逆転
「いや、漢服は高いと思うよ。なのにコイツ、そんなに服にカネをかけてさあ……」
そう話す王さんも趣味には出費するタイプらしい。日本旅行時はDJI製のウェアラブルカメラ(新品価格、約7万9000円)をしょっちゅう起動させつつ、別途に推定価格25万円のソニー製デジタル一眼レフカメラを首から下げていた。
「代表戦、中国で開催するときは普通の席でもチケットが高い。日本のほうが安いんだ。実はこれまで中国代表の試合をナマで見たことがなくて、見てみたいって理由もある」