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 松岡 でも、だからこそ非常に分厚くて太い作品になっていると思う。もちろんページ数とか造本のことじゃなくて、いろんなレイヤー(層)、あるいはより糸と言ったらいいかしら、この作品には近松の生きた時代の実に様々なことも書かれていますよね。

 近松の二十代から亡くなるまでの来歴や作品歴のことだけでなく、家庭生活のことや、さらには富士山の噴火や享保の大火などの天災から、政治・経済のことまで全て織り込んである。そういう幾つものより糸が近松の生涯を軸に絡み合い、ない交ぜになって描かれている。こういう「太い」評伝小説はちょっと読んだことがない。興奮しました。

 松井 過分なお褒めのお言葉で、どう返したらよいのやら(笑)。

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 松岡 過分どころか、本当にすごい小説ですよ。調べものの他に、大変だったことは?

 松井 『曽根崎心中』や『国性爺合戦』のような有名作はもちろん、様々な近松作品についても、物語に沿う形で触れなければならない。フィクション内フィクションを書くというか。クロニクル的に作品紹介をしつつ、近松自身の人生から浮かないように組み込んでいくのが本当に大変でした。ただでさえ芝居の紹介って難しいのに。やっぱり手を出すべきじゃなかったと何度後悔したことか(笑)。

近松門左衛門の生涯を描いた『一場の夢と消え』を上梓した松井今朝子さん

 松岡 お陰で読者としては楽しませてもらいました。『曽根崎心中』が出て来た時はやっぱり「ワッ。出た!」って思わず声を上げたもの。

「実」の器に「虚」の花を

 松岡 近松自身に「虚実皮膜」という言葉があるけれど、それがこの小説にも見事に当てはまると思いました。「実」は近松がいつなにをしたかという歴史的事実ですよね。登場人物についてもまったくの創造じゃなくて、多分現実に居たんだろうなと思わせる人ばかり。それらの「実」でしっかり固めた器の中に、「虚」——松井さんの想像を思い切り花開かせている。その塩梅が素晴しく、スリリングでした。

 松井 登場人物のことで言えば、今回はほぼ全員といっていいほど、史料に残っていた人物を使っているんです。近松は当時から有名人だったので、私信なども保存されているんですね。そういう史料の中にポツンポツンとある事実を拾っていって、合間を妄想で埋めていくんです。

 松岡 たとえば、恵次(けいじ)という息子が出てきますよね。医者になったけれど、近松の七光りに頼っていつまでもトラブルばかり起こしてしまう……。

 松井 名前までは伝わっていないのですが、ある史料の注釈で息子のひとりについて「医師で馬鹿なり」って書いてあったんです。

 松岡 エーッ(笑)。