「登場するのは、私の故郷。私にとってはなじみ深い風景です。でも映像に撮ってみて初めて気づいた色彩もあります。自然が作り出す景色は一定ではなく、光も色も、カメラを向けるたびに変わっていきました。そうして得られた発見を、観客の皆さんと共有できることは心からの喜びです」

 ノルウェー出身の映画監督、マルグレート・オリンさんの新作映画『SONG OF EARTH/ソング・オブ・アース』は、ノルウェー西部の山岳地帯「オルデダーレン」の四季を約1年間かけてうつしとった映像叙事詩。製作総指揮には名匠ヴィム・ヴェンダースとノルウェーを代表する大女優リヴ・ウルマンが名前を連ね、ドキュメンタリーながら本年度アカデミー賞のノルウェー代表にも選ばれた傑作だ。

マルグレート・オリン監督 ©Agnete Brun

 実際、壮大なフィヨルドを舞台にした四季折々の景観は驚異的かつ圧倒的で、それらを最新技術を駆使して撮影した映像美を堪能するなら当然大スクリーンが相応しいし、こだわりのサウンドはぜひ劇場で味わってほしい。

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 しかし本作は、非常に個人的な映画でもある。それは、この美しい渓谷を自らの足で歩いて案内してくれるのが、オリンさんの実父その人であるからに他ならない。

「父に、この計画を打ち明けた時、とても喜んでくれ、そして私がどんな仕事をしているか、やっと理解してくれました(笑)。撮影には、最初は黙って協力し、やがてだんだん積極的な提案をするまでに。そういう意味では、父は共同製作者でもありました」

©2023 Speranza Film AS 配給:トランスフォーマー

 84歳の「父」は、この谷に生まれ、最愛の妻と結婚し、そして今もこの谷で暮らしている。山歩きは毎日の習慣だ。少なくとも16世紀から続く一族と谷の歴史を語りながら、彼は歩く。2本のストックを手に一歩ずつ、確かな足取りで。やがて辿り着いた山頂で対峙するのは、轟音を立てて崩れていく氷河――。

「変わりゆく自然を撮ることは、現代社会への警鐘になります。でも、本作で共有したいのは、むしろ自然の美しさ、雄大さ。自分の家を愛するように地球を慈しみたくなる作品にしたいと思ったんです。つまり、私の“家”であるこの土地を撮ることは、私自身や父母の内面を映像として描き出すことでもあったのです」

©2023 Speranza Film AS 配給:トランスフォーマー

 光さすリビングで、あるいは湖のほとりで、老夫婦は静かに会話する。大切な人生の哲学を、娘に教え諭すように。

「父母に捧げるつもりでこの映画を撮りました。でも、より大きなギフトをもらったのは私のほうでした。完成後、初めて本作を見た時、父は涙を流したんです。まだ2回しか見たことがない父の涙。私も感情を抑えきれませんでした」

Margreth Olin/1970年、ノルウェー・ストランダ生まれ。映画監督、脚本家、プロデューサー。社会の弱者に焦点を当てたドキュメンタリーで知られ、国内外での受賞多数。ヴィム・ヴェンダース製作総指揮による『もしも建物が話せたら』(2014)では、建築家スノヘッタのオスロ・オペラハウスのパートを手掛けた。

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映画『SONG OF EARTH/ソング・オブ・アース』(9月20日公開)
https://www.transformer.co.jp/m/songofearth/