ここは大阪の東、河内のあたり。運河の高架橋、中ほどにあるバス停に佇む着物姿の女、蝶子(瀧内公美)。そこにカンカン帽の男が走ってくる。この男、柳吉(尾上松也)は近江商人の家に生まれながら、勘当された放蕩息子。蝶子は三味線を弾く芸者だったという。
察しのよい読者諸賢には、織田作之助の『夫婦善哉』の主人公にして日本一有名な駆け落ちカップル、柳吉とお蝶を想像されたかもしれないが、さにあらず。柳吉はシンガーソングライターを夢見て、「浄瑠璃パンクロック」なぞと嘯(うそぶ)いて歌い出すし、ふたりの対岸に見えるはLEDに照らし出された電飾看板。はてさて、ここはいつの時代なのか。観客の戸惑いをよそに、ふたりは、蝶子の腹違いの姉信子(高田聖子)のスナックに身を寄せることに……。
こうして幕が開く『夫婦パラダイス~街の灯はそこに~』。劇作家北村想さんと演出家寺十吾(じつなしさとる)さんのタッグによる「日本文学シアター」、その第7弾だ。鈴木浩介さんは、信子の失踪した年下亭主・藤吉を演じる。
「北村さんの作品には4度目の出演ですが、いつも台本を開くときに緊張します。こんな奇想天外な内容をどうやって劇空間に立ち上げていくんだろうと。最初は楽しんで読む余裕はなかったです」
どなたでしょうか、私は――。人を食ったような言葉を吐いて藤吉は登場する。彼はどうやら記憶を失くしているらしい。
「僕が演じるのは、まさに突拍子もない役柄なのですが、そのおかしさを演じようとはしていません。むしろ、失われた記憶を徐々に思い出していく過程や、駆け落ちした妻との関係性、気まずさや負い目を隠そうとして虚勢を張る小物感、そうした心の機微をリアルに表していきたい」
鈴木さんの役柄について詳細は語れない。衝撃を受けること請け合い、ぜひ劇場で刮目してご覧いただきたい。
さてさて物語には、近所の出前持ちで、本心の見えない静子(福地桃子)、羽振りのいい常連客で、建設業界の裏表を悉知する馬淵(段田安則)が登場。役者は揃った。なぜ藤吉は失踪したのか。彼が知った秘密とは。謎解きとサスペンスと大活劇が続く。
一方で、物語の合間の挿話には社会に向ける透徹した眼差しがある。「傍にいてこんなに囁いてくるような劇作家はいない」と鈴木さんはその魅力を語る。
「書かれる内容は独特です。北村さんの頭の中では、日本の社会、世界の情勢、僕たちの日常生活から地球の自然環境までが整理され、未来がどうなるか見えるのだと思います。本作にも出てきますが、カジノが誘致されれば、やがて賭博税が課税されるようになるだろうし、過去の作品ですが、温暖化は一時的なトレンドで、実は氷河期に向かいつつあるとも。ある種予言めいたところがあるんですよね。冷徹に社会を見る目と、奇想天外な出来事が一つの物語に紡がれていて、ヘンテコだけど、チャーミング。それを理解しリアルに落とし込むのが演出家の寺十さん。ふたりはまさに“夫婦”だと思いますよね」
ユーモアに満ちた台詞と、独創的で叙情性豊かな世界観。ヘンテコを体現する鈴木さんは、河内弁の難しさもあいまって、「役者の技量が舞台上で丸裸にされる戯曲。プレッシャーです」と苦笑いだが。
「現代劇ですけど、未来とも過去とも覚束ない異空間が現れる大人のお伽話。日常を忘れて、劇場で一緒に楽しんでみませんか」
すずきこうすけ/1974年、福岡県生まれ。劇団青年座を経て、舞台、ドラマ、映画に出演。ドラマ『ライアーゲーム』のフクナガ役で人気を博し、「ドクターX 外科医・大門未知子」シリーズや、『昼顔』『緊急取調室』など話題作に出演。最近の出演作に、ドラマ『GTOリバイバル』『CODE―願いの代償―』、舞台『シラの恋文』『奇蹟 miracle one-way ticket』など。
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舞台『夫婦パラダイス〜街の灯はそこに〜』
9月6日〜19日 東京・紀伊國屋ホール/9月22日、23日 愛知・穂の国とよはし芸術劇場PLAT 主ホール/9月26日、27日 大阪・森ノ宮ピロティホール
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