『せかいのおきく』『首』、そして現在公開中の『ナミビアの砂漠』など、話題作への出演が続いている俳優の寛一郎さん。まもなく公開となる主演作『シサㇺ』では、反発し合うアイヌと和人(日本人)との間で悩み、揺れ動く青年武士に扮する。強い目力の中に、武士としての意志の強さと繊細な若者らしさを同居させる演技は圧巻で、まさに納得のキャスティングだが、寛一郎さん自身も、本作に特別な縁を感じていたという。

「小学生の頃、北海道にあるアイヌの集落に2週間ほど宿泊して、その文化に触れるという体験をしているんです。当時通っていた塾の課外活動の1つだったんですけど、以来、アイヌのことはいつか、もっと深く学んでみたいと思っていました」

撮影/小見山峻

 アイヌの集落「コタン」での異文化交流、それは本作で描かれるテーマのひとつだ。

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 江戸時代前期、松前藩はアイヌとの交易を主な収入源としていた。寛一郎さん演じる高坂孝二郎の家も、米をアイヌが獲った熊や鹿の皮などと交換し、それらを他藩に売ることが生業だ。物語は、孝二郎が兄の栄之助(三浦貴大)と共に初めて蝦夷地へ交易の旅に出るところから始まる。

 ところが浜辺での野営中、栄之助は使用人の善助(和田正人)の裏切りによって命を落としてしまう。兄の仇を追い、孝二郎は森の奥へ。斬り合いの果てに深手を負った彼が目を覚ますと、そこは見慣れぬ風俗の人々が暮らす村――アイヌのコタンだった。

「演じながら思い出しました。あの時、一緒に過ごしたアイヌの子どもたちも、川で体を洗うし、川で用を足す。食事だって自分たちで一から作る。都会育ちの僕には、子どもながらに衝撃でしたね。彼らは本当に自然と一緒に生きているんですよ。しかも、消費者ではなく“循環者”として」

 彼らのやり方で漁をし、鮭を捌き、祈りを捧げ……孝二郎は、徐々に自然と生きるアイヌの文化に共鳴していく。

「どのシーンも印象的でしたが、一番響いたのは、撮影に立ち会われていたアイヌの血を引く男性が、アイヌの歌をうたってくださった時です。何というか、迫力が違う。ああこれがアイヌなんだっていう感覚が、ちょっとわかったような気がしました」

 本作の監督は、正確な時代考証とリアルな風俗再現で評価の高い歴史番組「タイムスクープハンター」シリーズを手がけた中尾浩之さん。今回もそのこだわりは健在で、メイクや衣装、料理、アイヌの伝統住居「チセ」に至るまで、専門家の協力を得て、当時のアイヌの暮らしを見事にスクリーンに描き出している。

©映画「シサㇺ」製作委員会
配給:NAKACHIKA PICTURES

「大変そうだったのは言葉ですね。僕は和人の役なのでそれほどでしたけど、アイヌ語で演技をする俳優たちは、かなり苦戦していました(笑)」

 さらなるリアリティが追求されているのが戦のシーンだ。自分たちの土地に踏み入り、伝統的な生活を脅かす和人の存在をよく思わないアイヌもいる。軋轢はやがて武力衝突へ。鉄砲を携えた松前藩の軍勢に、アイヌ側はゲリラ戦で立ち向かうが、一方的な戦況に孝二郎は苦悩する。

「文化は違えど同じ人間ですからね……。理想論だと言われても、やっぱり共存への願いはあります。たとえ時代劇であっても、そこは現代の感覚で描くべきだし、演じるべきだと僕は思っているので」

 やがて孝二郎は、止めることの叶わない大きな歴史の流れに、ある行動で立ち向かうことを決意する。それが本作のもうひとつのテーマだ。

「考えうる限り最高のやり方じゃないですか。素晴らしい選択をしたと僕は思います」

「シサㇺ」とは、アイヌではない人を指す、「隣人」という意味のアイヌ語だという。“よきシサㇺ”に、私たちはなれているのか。自問は尽きない。

かんいちろう/1996年生まれ、東京都出身。2017年公開のデビュー作『ナミヤ雑貨店の奇蹟』で日本映画批評家大賞新人男優賞を受賞。その後も次々と話題作に出演。今年は映画『プロミスト・ランド』(W主演)、『ナミビアの砂漠』に続き、『グランメゾン・パリ』が公開を控えるほか、ドラマ『HEART ATTACK』(W主演)の世界配信も予定されている。

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映画『シサㇺ』(9月13日公開)
https://sisam-movie.jp/