「夫に不倫される女性を描いたフェミニズム的作品――そう捉える方もいらっしゃるでしょうし、そういう側面もあるんですけど、一番言いたいことはそこじゃない。僕の気持ちからすると、この作品のテーマは“社会の在り方”。世代を選ばず、誰にも響く内容だと思っています」

 と、森ガキ侑大監督が胸を張るのは、吉田修一さんによる同名小説を原作とした新作映画『愛に乱暴』だ。もともと吉田さんのファンだった森ガキさんが原作を読んで映画化を熱望。脚本家と共に、より主人公・桃子へと引きつけた内容へと改めた。

森ガキ侑大監督

「原作を読んだ時、徐々に社会との接点を失っていく桃子の姿を通して、さまざまなものが見えたんです。それを映像化して伝えたい、世の中に問いたいと思いました」

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 初瀬(はせ)桃子(江口のりこ)は41歳の専業主婦で、結婚8年になる夫の真守(まもる)(小泉孝太郎)と2人暮らし。とはいえ敷地内にある真守の実家には姑の照子(風吹ジュン)が住んでおり、何かと気を遣う日々を送っている。目下の気がかりは、姿を消してしまった野良猫「ぴーちゃん」の行方と近所で相次ぐ不審火だ。気分を変えようと家のリフォームを計画するも真守は全く乗ってこない。そんな中、桃子が凝視するのは、彼の言動と奇妙な一致をみせるSNSの投稿。投稿主は不倫相手の子供を妊娠した若い女性のようで――。

 夫の愛情を失い、パート先から解雇され、自身が生まれ育った家での居場所もすでにない。そうして、桃子は次第に追い詰められていく。

©2013 吉田修一/新潮社 ©2024「愛に乱暴」製作委員会

「桃子が失うのは愛ややりがいであると同時に、社会との接点、そして居場所です。特に女性としての立場が失われることの恐ろしさ、また、そもそもの不安定さを描きました」

 これがいまだに世界共通の普遍的なテーマであることを、森ガキさんは、先月参加したカルロヴィ・ヴァリ国際映画祭(チェコで開催される東欧で最大級の映画祭)の観客たちから大きな共感を得られたことで再確認。そして、「僕にとって女性を描くことは、社会の在り方について考えることと密接に結びついているんです」と、力強く語る。

 主演の江口さんの抜擢は、「この役が出来るのは彼女しかいない」と思ってのこと。

「つらい話ではあるけど、クスッと笑えるようなシーンも欲しい。江口さんは、それを見事に叶えてくれました。彼女は、シリアスとコミカル、両方の演技ができる。しぐさ一つで笑いをとれる。役の理解力も含めて唯一無二の存在です。ぜひ彼女の演技に存分に見入ってほしいですね」

 愛を失い、次々と奇行に走る桃子の姿に、私たちは何を見るのか。森ガキさんが描きたいものは、その先にある。

もりがきゆきひろ/1983年生まれ、広島県出身。CMディレクターを経て、2017年に長編映画デビュー作『おじいちゃん、死んじゃったって。』でヨコハマ映画祭・森田芳光メモリアル新人監督賞受賞。その後、ドラマやドキュメンタリーなどを多数手がける。近作に映画『さんかく窓の外側は夜』(21)など。

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映画『愛に乱暴』(8月30日全国公開)
https://www.ainiranbou.com/