オーディションでは「心身ともに健康な方」という条件をよく目にしますし、心は元気でも、体が元気とは胸を張って言えないので「大丈夫かな……」と病む日もあります。
滑膜肉腫は「5年生存率が低い」と説明を受けた
――そうした日常の心境は、記録していますか?
菅原 アイドルになってから、スマホで日記を付けています。がんが発覚してからは、入院中も自己肯定感が下がってしまい、ネガティブな感情ばかり書いていたんです。でも、退院後の新たな出会いもあったし、周囲との接し方も変わったのでポジティブになれました。
――がんによる闘病生活を経て、菅原さんの生き方にも変化はあったのでしょうか?
菅原 アウトドア派になりました。がんが発覚する以前は、レッスンとライブ以外はほぼ外出しなかったし、ずっと自宅に引きこもっていたんです。
でも、私が患った滑膜肉腫は「5年生存率が低い」と説明を受けたし、死ぬかもしれないのであれば、今を楽しむために遊ぼうと思って。買い物へ出かけたり、友だちとの予定を立てたり。1人でフラッと岩盤浴へ行ってみたり、充実しています。
30歳を超えてもステージに立っていたい
――周囲との接し方にも、影響がありそうです。
菅原 離れてしまった友だちもいて、たぶん、病気になった私との接し方が分からなくなってしまった子もいると思うんです。でも、家族とはより親密になりました。特に母との関係性は変わりましたね。
以前は、ライブを見に来ても「なんで見に来たの?」と、恥ずかしくてつっぱねていたんですけど……(苦笑)。病院での入院中には毎日LINEをもらったし、退院後も頻繁に連絡を取るようになりました。
――周囲の支えもありながらこの先、アイドルとして、がんサバイバーとしてどのように生きていきたいですか?
菅原 初めて見た人に、障害者と見られたくないんです。五体満足な方を見てもうらやましいとは思わないし、似た体験を抱える人たちの力になれるよう、知っている限りの情報を共有していきたいですね。
芯にあるのは、誰かの生きる活力になりたいという思いなんです。30歳を超えてもステージへ立っていられるように、恋愛も結婚も何もかも犠牲にして、アイドルを続けていきたいです。
撮影=杉山秀樹/文藝春秋