2007年から2008年にかけ法務大臣をつとめた鳩山邦夫氏(2016年に死去)は、約1年間の在任中、13名の死刑囚に対する執行を命じた。「連続幼女誘拐殺人事件」の宮崎勤(享年45)の死刑については「自ら執行の検討を指示した」と公表。鳩山氏を「死に神」と表現した朝日新聞には多数の抗議が寄せられ、同紙が謝罪したこともある。
その鳩山氏は2007年10月、参院の法務委員会で死刑の告知のありかたについて質問された際、フランキー堺主演のテレビドラマ『私は貝になりたい』(1958年)に言及している。この作品は、第二次世界大戦のC級戦犯として死刑判決を受けた主人公の苦悩と葛藤を描いた物語である。
13名の執行を命じた法務大臣が当日告知を支持した理由
当時現職の法相だった鳩山氏は、弁護士でもある丸山和也参議院議員(当時)に「死刑囚に、たとえば3カ月という猶予期間のなかから、自分で執行日を選ばせるといった方法もあるのではないか」と問われ、ドラマのシーンを回想しながら次のように述べた。
「それこそ、その靴音におびえるような日々、しかし、その靴音が逆に釈放ではないかと期待するような日々。結局、当日の告知で、ワインとチーズか何かで、飲みなさい、食べなさいと言われて、教誨師の指導を受けて死刑が執行される。今でも一番よく思い出すシーンなんですね。もし、それが前の日だったらどうなんだろうと。前の日というか、1日前、2日前に告知されておったら、これはもういたたまれなくて、どうしようもない2日間、3日間を非常に心情的に苦しんで過ごすんではないかなと」
続けて、当日告知が果たして最善なのかどうか、自身の考えを述べている。
「そういうふうに考えておりましたから、当日告知というのは、心情の安定を害することが、一番懸念が少ないのが当日告知なんだというふうに考えておったんですが、3カ月前とか、最後の最後の尊厳として死刑執行日を選ぶなどというお話になりますと、これは非常に衝撃的なことでございますので、よく考えてみたいと思います」
こと死刑の問題について、実体験を交え、自分の言葉で語ることのできる法務大臣はほとんど存在しない。その意味で、鳩山氏の答弁は特筆に値するものだったといえる。このとき鳩山氏が検討を約束した執行日の「自己選択制」は立ち消えとなってしまったが、執行の告知問題は、死刑制度そのものに対する立場と分けて議論されるべきだろう。
自分自身の死がいつ訪れるのか。それが不明であることは、人間にとって希望にもなり、絶望にもなる。「その日」を事前に告知してもしなくても、死刑囚から執行の恐怖という精神的苦痛を完全に除去することは不可能だが、多くの死刑囚が事前の告知を望んでいるという現実は、究極の刑罰である死刑の「残酷性の本質」を照射している。