和夫は板金屋で、賢治とは付き合いがあったが、加代子は仕事の事まではよく知らなかった。
「ちょっと、力貸してもらえない?」
「ちょっとって、お金ですか? いくら必要なんですか?」
「すぐに、50」
「50万? そんなお金ありません」
「保険入ったって聞いたけど……」
「いえ。お金の事はすべて息子に任せていますから……、私にはわからないんです」
「じゃあ、30とかなんとかならない」
「だから、家にはお金がないんです……」
「20」
「帰ってもらえませんか……」
「10でも。ほんと困ってるんだ。困った時は助け合うもんだろ」
加代子は溜め息をつき、箪笥の中にしまっていた財布から10万円を取り出し、和夫に渡した。あの日、事故の後、病院まで送迎してもらった交通費と考えても高くついたものだ。
「和夫さんごめんなさい。もう、家に来られてもお金はありませんから」
加代子はそう言って和夫を追い出すと玄関の鍵を閉めた。
リフォームした自宅は「賠償御殿」と揶揄される
その後も、住人からの金の催促は続いた。
「保険が入ったなんて、誰が言ってるのかしら!」
加代子は、家に来た住人に問い詰めると
「和夫さんとか、敏子さん……」
やはり……。事故が起きてすぐに駆けつけてくれた人々だった。和夫は、加代子が渡した10万で飲み歩いているようだった。加代子は体中に怒りが込み上げた。
加代子は、葬儀代の事が気にかかり、敏子に電話で問い合わせると、敏子から告げられたのは想像もできない法外な金額だった。
「そんな額、払えません! 私はお願いしてませんから」
「あら? 加代子さん、あなた私に任せるって言ったじゃない!」
「夫が亡くなったばかりなのよ。弱みに付け込むなんて卑怯よ!」
加代子はすぐ息子に相談し、葬儀代については、弁護士に交渉してもらうことにした。
住民の下心に気が付いた加代子は、自宅に人が来ることが恐ろしくなり、インターホンや監視カメラを設置しようとリフォームを依頼した。リフォームが完成した加代子の自宅は、以前とは見違えるように立派な家になったが、その様子をみた住人たちは「賠償御殿」と揶揄しているという。