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「人殺し!」

そう言って電話を切る人もいた。

ネットで拡散された「両親犯人説」

「萌ちゃん事件は、両親が障害者の娘を疎ましく感じて殺した可能性が高い」
「○○山は、暴力団がよく死体を遺棄する場所。あそこに捨てたら見つからないだろう」

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本件に関するネットの掲示板では、和夫が犯人だと疑う書き込みが日増しに増えていった。家に籠もる妻と活動的な夫との間には距離ができ、娘の失踪は、夫婦関係もぎくしゃくさせていた。地元で有名人になってしまった和夫の行動は逐一、ネットに報告され批判された。

「父親は飲み歩いてたからね。娘がいなくなった父親とは思えない」
「妻子ほったらかしてテレビ出ていい気になってる」

“加害者扱い”されてしまう被害者たち

世間は清廉潔白でなければ被害者とは見做さない。

「家に帰れば妻と口論になるし、飲み歩いていた時期もありましたよ。テレビに出れば売名だと批判されますが、すべて萌の情報を集めるためです。娘がいなくなったんです! 戻ってくるなら悪魔にだって魂を売りますよ! 私たちは必死なんです。上品なことばかりしてはいられません」

ところが、萌の失踪に関する有力な情報は得られないまま、和夫の自宅には見知らぬ車が止まっていたり、カメラを向ける人々が度々訪れるようになった。

ある日、妻からの電話で和夫が慌てて自宅に戻ると、庭に見知らぬ男性が入ってきていた。

「遺体をどこかに隠してるんだろう! 早く自首しなさい!」

すぐに警察を呼んだが、侵入者は注意されるだけで逮捕されることもなかった。身の危険を感じるようになった一家は、転居を余儀なくされた。

和夫は、娘の消息がわからない不安と同時に、もし、娘が遺体で発見された場合、自分が逮捕されるのではないかという不安にも苛まれるようになっていた。本件のような、被害者でありながらも犯人視される未解決事件の家族からも、相談は多数寄せられている。

和夫のように、声を上げ注目が集まるとバッシングされることから、沈黙を余儀なくされている人々が数多く存在している。このような、声なき声を拾う努力が社会に求められている。

阿部 恭子(あべ・きょうこ)
NPO法人World Open Heart理事長
東北大学大学院法学研究科博士課程前期修了(法学修士)。2008年大学院在籍中に、社会的差別と自殺の調査・研究を目的とした任意団体World Open Heartを設立。宮城県仙台市を拠点として、全国で初めて犯罪加害者家族を対象とした各種相談業務や同行支援などの直接的支援と啓発活動を開始、全国の加害者家族からの相談に対応している。著書に『息子が人を殺しました』(幻冬舎新書)、『加害者家族を支援する』(岩波書店)、『家族が誰かを殺しても』(イースト・プレス)、『高学歴難民』(講談社現代新書)がある。