自己中心的な父親からの抑圧と、そんな父親に支配される母親を守ることができなかった後悔に長年苦しめられてきたという、心理カウンセラーの井上秀人さん(44)。その影響は井上さんが大人になってからも続き、アルコール依存や妻との関係の悪化という形で現れた。
この記事はノンフィクションライター・旦木瑞穂さんの取材による、井上さんの「トラウマ」体験と、それを克服するまでについてのインタビューだ。
旦木さんは、自著『毒母は連鎖する 子どもを「所有物扱い」する母親たち』(光文社新書)などの取材をするうちに「児童虐待やDV、ハラスメントなどが起こる背景に、加害者の過去のトラウマが影響しているのでは」と気づいたという。
親から負の影響を受けて育ち、自らも加害者となってしまう「トラウマの連鎖」こそが、現代を生きる人々の「生きづらさ」の大きな要因のひとつではないか。ここではそんな仮説のもと、『毒父家族 親支配からの旅立ち』(さくら舎)を著書に持つ井上さんの「毒父」への長い葛藤の日々に迫った。(全3回の1回目/続きを読む)
◆◆◆
喧嘩にならない両親
関東在住の井上秀人さんは、突然キレて怒鳴り散らす父親と、大人しい母親のもとで育った。
両親は、それぞれの親が決めたお見合い結婚だった。
「僕が生まれた時、父が30くらいで、母が26とかだったと思います。3歳上に姉がいるので、結婚は姉が生まれる1年前くらいだったのではないでしょうか。母は、『何だかよくわからずに結婚した。あんな人だとは知らなくてびっくりした』みたいなことを言っていました」
父親は自動車メーカーの総務部で働いており、転勤が多く、井上さんが幼い頃は、関東圏の社宅を転々としていた。だが、井上さんが小学校4年生になった頃、父方の祖父母の土地に一戸建てを建てると、以降は父親だけ単身赴任をすることが多くなった。
「今思うと父は、よく社会でやってこれたなと不思議になるほど、普通ではありませんでした。異常に学歴や世間体を気にしていて、プライドが高く、いつも変なところでキレるんです。家族で出かけたり、外食したりする時なんて、苦痛でしかありませんでした。何時に出かけるって決めて、父が準備ができたタイミングで家族の誰かが準備できていないと、決めた時間より前でもブチギレます。外出先でも、何か気に入らないことがあると突然怒鳴り散らすんです。あまりの大声に、他のお客さんも店員さんたちも見ますし、子ども心に恥ずかしくて仕方がありませんでした」
当然父親は家の中でも突然キレては怒鳴り散らし、家族を萎縮させた。家の中には、常にピリピリした緊張感が漂っていた。
中でも、最も当たられるのは母親だった。