昭和20年3月26日、近所からの貰い物で日々しのいでいた朝吉一家であったが、その日ついに食べるものが無くなった。龍は日頃から、自分と血の繋がる前夫との間にできた長女、朝吉との間にできた2人の子供には目をかけてきたが、トラにはきつく当ってきた。日々満足に食えない中で、トラは身体が大きかったこともあり、人一倍飯を食らうことも、彼女には我慢ならないことだった。
トラ以外の子供たちを遊びに行かせると、腹が減って寝転がっていたトラを襲った。トラを絶命させると、首と四肢を鋸で切断し、肉を包丁で切り刻み空っぽだった囲炉裏の鍋に入れて、肉鍋を作ったのだった。頭と手首、足先や内臓などは、庭に埋めた。
肉などほとんど口にしたことなかった子供たちは、鍋に入った肉片を見て、歓喜しながら食べた。夕方、日雇の仕事を終えて、戻ってきた朝吉は、それが何の肉か悟ったのか、ひと口も手をつけなかったという。
龍はトラの肉を近所に配った。当時、新聞記者が村人たちにその肉を食べたのかと聞いて回ったが、誰も答えるものはいなかった。
「サツマイモ1本出れば、御馳走の時代だったんだよ」
「当時は村で、龍がトラに勝ったなんて、悪く言う人もいたけれど、みんな他人事じゃなかったんだ。食事にサツマイモが1本出れば、御馳走の時代だったんだよ。龍さんがトラさんを殺したってことになってるけど、もしかしたら、栄養失調だったから、よろけて倒れただけで、食べずに埋めた可能性だってあると思うんだ。だって、誰も龍さんがトラさんを殺してるとこを見てたわけじゃないんだから」
戦中戦後の食糧難の時代を生き抜いてきた、村の住民である春治さんは、人肉事件に関しては今も半身半疑のようだった。
龍は事件発覚後逮捕され、実刑判決を受けた。朝吉と子供たちは、村で暮らしていただのが、彼女が刑務所に収監されてから、しばらくして、朝吉との間にできたひとりの子供が栄養失調で亡くなった。